本橋恵一の「これからのエネルギー事業を考えよう」
本橋 恵一:環境エネルギージャーナリスト/コンサルタント・H Energy日本担当カン
トリーマネージャー
エネルギー業界誌記者、エネルギーIoT企業マーケティング責任者などを経て、電力システムや再エネ、脱炭素のビジネスモデルなどのレポート執筆、講演などで活躍。著書に『電力・ガス業界の動向とカラクリがよーくわかる本』『図解即戦力 脱炭素のビジネス戦略と技術がしっかりわかる教科書』ほか。
▼連載61〜 ▼連載60:ウクライナ、パレスチナとエネルギーの世代交代 ▼連載59:生物多様性と除草しない太陽光発電 ▼連載58:インターナルカーボンプライシングって何? ▼連載57:カーボンクレジットの限界 ▼連載56:ボランタリークレジットとコンプライアンスクレジット ▼連載55:カーボンニュートラルLPガスとカーボンクレジット ▼連載54:今年の再エネのトレンドは24/7なのである ▼連載53:グレイスラム ▼連載52:みんなが集まるところに答えはない ▼連載51:COP28とグローバルストックテイク ▼連載41〜50 ▼連載31〜40 ▼連載21〜30 ▼連載11〜20 ▼連載1〜10
連載60(2024.4.22)
ウクライナ、パレスチナとエネルギーの世代交代
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって2年以上、イスラエルによるパレスチナ侵攻が始まって半年以上がたつ。どちらも終わりが見えず、毎日流れるニュースには、憂鬱な気分になる。
そしていずれも、エネルギーと無関係ではない。
ロシアがウクライナ侵攻を行った理由の1つは、ソビエト連邦解体後のロシアが、石油やガス以外の産業を育てられず、国そのものが疲弊した中で、プーチン大統領が政権を維持していくための判断だった。特に米国がドイツとロシアを結ぶガスパイプラインの使用を認めなかったことは、引き金の一つとなっていた。シェールガスを有する米国にはダメージはなかったものの、欧州は短期的なガス不足に見舞われた。
結果的に、ロシアの石油やガスを中国やインドなどが購入し、欧州も調達先の変更や暖冬などの影響もあって、需給はとりあえずおちついている。
残ったのは、終わりの見えない戦争だけだ。
イスラエルによるガザ侵攻は、イスラエルがガザ沖の海底油田の開発を行うという目的があるともいわれている。
また、汚職事件で訴訟を受けているネタニヤフ首相が政権を維持するために戦争を続けているという見方もなされている。実際にネタニヤフ首相のイスラエルでの支持率は、日本の岸田首相とあまり変わらない。
イスラエル各地で、ネタニヤフ退陣を求めるデモが起きている。
さらに、イスラエルがシリアにあるイラン領事館を攻撃したことをきっかけに、イランがイスラエルを直接攻撃した。このことが、中東での戦争の拡大につながることが懸念されている。その結果、一時的に原油価格は上昇した。
さらにイスラエルがイランに報復攻撃を行ったことで、中東情勢は一気に緊迫化しそうだ。
そもそも、パレスチナ問題の発端は、第二次世界大戦後の1948年にユダヤ人問題を喀血するために、パレスチナにユダヤ人を入植させ、国家を創設したところから始まる。以降、パレスチナ人は土地や自由を奪われたままだった。ヨルダン川西岸ではユダヤ人の入植が進められ、ガザ地区では人々の自由は奪われたままだった。そうした中での、2023年10月7日のハマスによる攻撃には、一方的に責めるようなことではない。
結局のところ、パレスチナ問題は欧米が作り出した問題だったし、しかもその解決についてはずっと見ないふりをしてきた。ユダヤ人ロビーの影響が強い米国、イスラエル国家創設前までこの地域を統治してきた英国、反ユダヤ主義はタブーとなっているドイツなどが、イスラエルを支援し続けた。
イスラエルに対して強く圧力をかけられない欧米に対し、グローバスサウスとよばれる国々はイスラエルを強く批判し、南アフリカは国際司法裁判所に提訴を行った。
どんなにきれいごとをいったところで、欧米が「自分たちが作り出した問題」を解決できないことが、明確にされてしまったといえる。
一方、米国が明確なのだが、ユダヤ人ロビーの力によってイスラエルへの制裁にまで踏み切れないでいる政府に対し、とりわけ若い世代がパレスチナ支持を強く主張し、こちらもデモが起きている。民主党の中で分裂しており、若い世代ほどパレスチナを支持している。そのため、バイデン大統領はどっちつかずのまま、有効な施策を打ち出せないでおり、大統領選挙にも大きな影響を与えている。
これはドイツなどでも同様で、イスラエルを非難する若い世代のユダヤ人に対して反ユダヤのレッテルを貼るようなことにまでなっている。
これは、戦争だけの話ではない。気候変動問題においても、同じ光景をさんざん見てきている。
二酸化炭素を排出し続けた欧米が責任を取り切れていない、というのが、気候変動問題の本質の一つである。しかし、温暖化した未来を生きなければいけない若い世代は、そのことに異議を唱えている。
パレスチナ問題についても、同じ構造だ。
欧米を中心とした先進国の無力さが明らかになっていくにしたがって、世界の主役は変わっていくだろうし、責任を取れない老人は退場していくことになるのではないだろうか。その老人が大統領候補という米国は、世代候補前の最後の瞬間を見ているのかもしれない。
先進国というものそのものが、すっかり高齢化しているのかもしれない。いかにして世代交代を行うのか。そのことを考えなくてはいけない。
連載59(2024.4.8)
生物多様性と除草しない太陽光発電
日本ではようやくソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)についての理解が広まってきた。10年くらい前からあるのだけれど、まだまだ積極的に開発されているというほどではない。それでも、農業関係者の間でも理解されるようになってきた。というのが、実感である。
ソーラーシェアリングが始まった場所は、おそらく日本だと思う。始まった理由はあまり褒められたものではない。というのも、農地の安い固定資産税を適用することが目的だったのだから。
FITの認定を受けて電気を買い取ってもらうことで、大きな収入が得られるが、太陽光パネルの下で農業が行われていれば、農業収入が得られる上に固定資産税が大幅に減免される。農業よりも売電の方が利益が出せるので、農業をおろそかにしないように、通常の80%以上の農業生産を義務付けた。
しかし今となってはFITの新規認定による買取価格は低く、むしろPPAで電気を売るのが主流になってきている。農業でも十分な生産が行われなければ、事業として成り立たない、くらいになっている。
また、野立ての太陽光発電所を設置する場所が少なくなってきていることも指摘される。
その後、欧州でもソーラーシェアリングが行われるようになってきた。両面パネルを東西に向けた垂直型のソーラーシェアリングは施工しやすく、朝方と夕方の発電量が大きくなることから、それまでの太陽光発電を補完するような発電量となっており、牧場などに設置されている。この垂直型は最近日本にも逆輸入され、福島県などで設置されている。
アメリカでは最近、800MWという規模のソーラーシェアリングができるということだ。
農業も大規模なら、ソーラーシェアリングも大規模だ。なお、アメリカではソーラーシェアリングはアグリボルトとよばれている。農業発電所といったところだ。
そしてClean Technicaの記事では、ソーラーシェアリングは発電も含めて農業だと言い切っている。
そして欧米で、新たなソーラーシェアリングの動きが出てきている。それは、太陽光発電の下で農作物を栽培するのではなく、むしろ雑草を育てているといってもいいだろう。
どういうことか。
近年、欧米では、ハチなどの昆虫類の減少が大きな問題となっている。植物の花粉を運ぶ昆虫がいなくなれば、実がならなくなる作物や果樹は多い。そこで、生物多様性を保全し、昆虫を育てる場所を、太陽光発電の下につくるということだ。したがって、基本的には雑草は伸び放題で除草はしない。日本のように除草剤を撒くこととはまったく反対の方向にある。というか除草剤そのものが昆虫を減らす原因の一つなのだが。
そして、生物多様性保全型のソーラーシェアリングは、果樹園などに隣接して設置されるということだ。太陽光発電の下で作物を育てなくても、立派なソーラーシェアリングである。
おそらく、ソーラーシェアリングそのものが、発電も含めて農業だという認識があるからこそ、こうした発想が出てくるのだろう。
生物多様性問題そのものは、気候変動問題と同様に地球規模の深刻な環境問題である。生物多様性条約は気候変動枠組み条約と同時期に発効し、2年に一度のペースでCOPが開催されている。
最近は気候変動問題と生物多様性問題は深い関係にあるとして、同時に語られることも多い。ブルーカーボンや森林保全も、CO2削減だけの取組ではなくなってきている。
さて、日本では生物多様性保全型のソーラーシェアリングは可能だろうか。おそらく、すぐにはできないだろう。昆虫を保護するための土地を農地とみなすということからして、壁となってくる。税金の問題もあるだろう。それでも、耕作放棄地に太陽光発電を設置していくときに、無理に農業を行うのではなく、昆虫が育つような環境をつくっていくということはもっと考えられてもいいだろう。どんな植生になればいいのか、研究も必要となってくる。それでも、新たなムーブメントとして、日本でも広がってもいいのではないだろうか。
連載58(2024.3.25)
インターナルカーボンプライシングって何?
カーボンクレジットに近い話として、インターナルカーボンプライシングというものがある。このしくみは覚えておくといい。
どういうものかというと、会社が社内の制度としてカーボンプライシングを導入するというものだ。
例えば、ある会社にA工場とB工場の2つがあったとしよう。
まず、A工場でCO2排出削減の取り組みをしようと考えたとする。でもそのためには設備改修などの投資が必要となる。では、投資対効果はどのように判断すればいいのか。このときに、カーボンの価格を決めておくと、判断しやすくなる。
カーボンの価格を1万円/トン-CO2としておく。そうすると、これ以下のコストでCO2が削減できるのであれば、投資するという判断になるし、これ以上のコストになるのであれば投資を見送ることになる。屋根上に太陽光発電をつけるのはこれより低コストなので実行するが、建物の断熱改修は高コストなので行わない、といった感じだ。
また、A工場とB工場では、CO2排出削減のコストが違っていて、A工場の方が低コストで削減できるとしよう。A工場とB工場でそれぞれ、CO2排出削減のための予算と削減目標が決められていたとしよう。このとき、B工場はその予算でA工場から社内向けのカーボンクレジットを買ってきて目標を達成し、A工場は当初の予算に加えてB工場にカーボンクレジットを販売した分もCO2排出削減の投資に回せるということになる。結果として、この会社は同じだけの投資をしてもより多くのCO2排出削減ができたことになる。
このしくみは、カーボンニュートラルLPガスやカーボンニュートラル都市ガスにも関係してくる。前提として、オフセットするためのカーボンクレジットが信頼性も追加性もあることは必要だが。
ある会社において、CO2排出削減をするときに、いろいろな手段の中からカーボンニュートラルLPガスを選択するときには、その会社が決めているインターナルカーボンプライシングの価格より安いことが前提となってくる。その上で、他の手段よりも安いということが求められる。
では、インターナルカーボンプライシングは、いくらぐらいの価格設定になっているのか。
最低でも1万円/トン-CO2、会社によっては2万円/トン-CO2近いというケースもある。しかも、価格は年を追うごとに引き上げられていくだろう。ボランタリークレジットと比較するとけた違いに高い設定となっている。とはいえ、EU-ETSなどのコンプライアンスカーボンクレジットの価格を考えると、投資判断のツールであるということを踏まえ、決して高すぎることはない。
Jクレジットと比較すると、省エネや再エネクレジットよりは高いが、CO2除去となる森林クレジットはやはり1万円/トン-CO2くらいの価格になっている。
電力の非化石証書と比べるとどうだろうか。オークションの結果では、FIT非化石証書が0.4円/kWhとなっているが、これはカーボンにすると1,000円/トン-カーボンとなる。追加性がないとはいえ、オークションで取引される非化石証書は安い。
ところが、PPAなどで相対取引されている非化石証書の価格は、3~5円/kWhとなっているという。追加性があるゆえに、高いということだ。そうするとやはり、1万円/トン-CO2に相当してくる。
最後にGXリーグにおける排出量取引はどうなるのだろうか。実は、参加企業が排出量を売る場合、2030年の日本のCO2排出削減目標(正確には温室効果ガス排出削減目標なのだけれど)に沿った形でのベースラインより減らした場合に限り、売ることができる、ということだ。2030年の削減目標は2013年比マイナス46%なので、かなり高い目標だ(と、考えられている)。したがって、相応の削減には相当のコストがかかることが予想される。
大手企業はCO2排出削減手段の1つとして、インターナルカーボンプライシング制度を導入するところも出てきているわけだが、さらにこの制度は取引先にも要求されることにもなるだろう。同じ考え方を適用すれば、取引先のCO2排出削減にあたっても、同程度の価格上昇は認めてもいいということにもなってくる。
言うまでもないが、LPガス会社や都市ガス会社もそうした取引先になるということだ。
連載57(2024.3.7)
カーボンクレジットの限界
カーボンクレジットといっても、いろいろなものがある。そのうち、ボランタリークレジットについては、「クレジット創出のプロジェクトが適切に運営されていない」などの問題が起きており、信頼性がゆらいでいる。
一方、コンプライアンスクレジットはEUやその他の国の制度に基づいて発行されており、信頼性はあるものの、価格は安くはない。そして、それぞれの国や地域が温室効果ガスの排出削減目標を引き上げるほど、値上がりする可能性が高い。
それでもカーボンクレジットには、経済合理性があり、温室効果ガスの削減をしやすいところから行っていく、というメリットがある。
一般的に、日本においてカーボンクレジットは、他に温室効果ガスの削減手段が難しい場合に使われている。代表的なものとして、出張における旅客機の排出するCO2のオフセットがある。熱源としてガスを使う場合の、カーボンニュートラル都市ガス・LPガスは、言うまでもないが、他にもセメントや鉄鋼の生産など、CO2の排出が避けられない分野は多い。鉄鋼の場合、高炉で1トンの鉄を精製すると、2トンのCO2が排出される。
また、電気のようにCO2排出を削減しやすい分野では、カーボンクレジットはあまり使われない。イベントなどでJクレジットが使われることはある。しかし日本では優先的にPPAなどの追加性のある再生可能エネルギーの利用が評価され、追加性のない再生可能エネルギーや「実質再生可能エネルギー」の電気の供給を受けることが次善の策となる。
こうしたカーボンクレジットだが、カーボンニュートラルな社会に向けて、さらにその内容も変化していく。
Jクレジットを例にすると、現在、省エネ、再エネ、植林の3種類のクレジットが発行されている。このうちでも植林・森林管理のクレジットが最も高く、発行量も少ない。
しかし、価値は植林・森林管理のクレジットの方が高い。なぜならば、省エネはCO2排出抑制であり、再エネもその分だけCO2排出をゼロにする、ということに対し、植林は大気中のCO2を吸収している。つまり、カーボンマイナスになっているということだ。
これは、プロジェクト由来のカーボンクレジットにおいては共通することで、海外のボランタリークレジットや日本が進める二国間クレジットも例外ではない。
では、カーボンニュートラルな社会が近づいてきたらどうなるだろうか。
電気については、基本的に再エネや原子力など、CO2を排出しない電源が一般的になっており、そこで再エネによるクレジットを創出する余地はない。
これは、基本的に燃料も同様だ。したがって、電気やカーボンニュートラルな燃料についていくら省エネしたところで、CO2排出が削減されるわけでもない。
そうなると残るのは、植林のように大気中のCO2を吸収するプロジェクト由来のクレジットとなる。だが、前述のように、植林・森林管理のプロジェクトによるクレジットの価格は高い。それだけではなく、クレジット発行後のモニタリングも必須だ。
そうした中、最近注目されているのが、DACCSやBECCSだ。
DACCSというのは、直接大気中からCO2を回収し、地中に埋める技術だ。比較的有名なのが、スイスのクライムワークス社が、アイスランドで地熱発電の電気を使ってCO2を回収する実証試験を行っていることだ。地熱発電だからCO2が排出されないようなものの、それでも大量のエネルギーを使う技術だ。
BECCSは、バイオマス燃料を燃やしたときに発生したCO2を回収して地中に埋める技術だ。元々バイオマス燃料はカーボンニュートラルなので、そこから由来するCO2を回収すればカーボンマイナスとなる。
この他にも、植物をそのまま、ないしは炭化させて地中に埋めるということも検討されている。
こうしたカーボンマイナス技術によるプロジェクトであれば、2050年になってもカーボンクレジットを発行することができる。また、実際に2050年の時点で使えるカーボンクレジットがCO2除去のプロジェクトによるものだというのが、世界的な認識となっている。
だが、CO2除去のプロジェクトはCO2削減コストが大きいため、結果的にカーボンクレジットも高価なものとなるだろう。そうなると、利用できる場面が限られてくる。
つまり、こうしたことが、カーボンクレジットの限界なのだ。CO2排出削減による安価なクレジットがいつまでもあるわけではない。
カーボンクレジットを使ったカーボンオフセットは、2050年までの時間稼ぎくらいに考えるべきなのだ。
連載56(2024.2.22)
ボランタリークレジットとコンプライアンスクレジット
前回は、カーボンクレジットのうち、ボランタリークレジットの信頼性が下がっているという話をした。でも、だからといってクレジットに意味がないわけではない。
本当にCO2が削減されているのであれば、そのコストをクレジットの形で負担をするのは、経済的に合理性がある。
例えば、今現在、日本の多くの家庭ではLPガスや都市ガスが使われている。給湯や調理の熱源となっているわけだが、これらをただちにIHクッキングヒーターやエコキュートに置き換えていくことにはコストがかかる。それも、使う世帯によってコストが異なる。一人暮らしの世帯にエコキュートを入れても、それほど使われないだろうと考えると、同じコストでより多くのCO2を削減できるところにお金を使った方がいい。
そこで、例えば公共施設などで省エネプロジェクトを実施し、Jクレジットを発行した上で、CO2排出を削減したいお客様にJクレジット利用のカーボンニュートラルLPガスを供給することは、有意でCO2排出削減となる。
これは、適切に認証し、モニタリングが実施されている限りにおいては、ボランタリークレジットでも同様である。
そしてもう一つ大事なことは、クレジットのトレーサビリティである。すなわち、どのようなプロジェクトを通じて発行されたのかを、明示しておくことが、クレジットの信頼性につながる。同時に、プロジェクトの質も問われてくる。
カーボンクレジットには他に、コンプライアンスクレジットがある。これは、排出量取引などの制度に対応したクレジットで、基本的には政府が発行する。
代表的なものが、EUの排出量取引制度でのクレジットだ。EUでは発電所や鉄鋼所などに、CO2排出量の割り当てがなされており、事業所のCO2排出量がこの割り当てを下回った場合にはカーボンクレジットとして売却することができる。
EUにはカーボンクレジットの取引市場があり、原油などのように市場価格がある。ロシアによるウクライナ侵攻で発電用石炭の使用が増加したときは、市場が高騰し、100ユーロ/CO2-トンを超える価格となっていた。最近は石炭の需要減で60ユーロ/CO2-トンぐらいまで下がっている。ただし、それでもボランタリークレジットの平均的な価格よりははるかに高い。
日本では今後、GXリーグ(日本でCO2排出削減に取り組む企業群が協働するしくみ)に対応したクレジットが発行される見込みだ。GXリーグに参加した企業が、政府目標(2030年CO2削減46%)相当を下回った場合にのみ、クレジットを売却することができる。GXには強制力はないので、準コンプライアンスクレジットといったところだろうか。
ただ、コンプライアンスクレジットは制度に参加している主体しか利用できない。
日本ではEUの排出量取引に対応したコプライアンスクレジットを伊藤忠商事が扱いはじめたが、だいた1万円/CO2-トンくらいだ。また、GXリーグのクレジットも、CO2削減の要件が厳しいので、同じくらいの価格になるだろう。
でも、それがCO2排出削減の現在のコストでもあるとするならば、ボランタリークレジットもこうした価格に近づいてくるだろう。実際に、Jクレジットも値上がりする傾向にある。社会のCO2排出量が削減されていくほど、省エネのコストが上がるからだ。例えば、電気の標準的なCO2排出係数が小さくなるほど、再エネを利用したときに削減されるCO2の量は少なくなる。
そうだとしたら、カーボンニュートラルLPガスも毎年値上がりしていくことになる。そしてある時点で、LPガスよりも他のエネルギーを使った方が安くなるようになれば、LPガスを使わなくなる。こうしたことが、2050年のカーボンニュートラルに向かって、少しずつ進んでいくことになる。
連載55(2024.2.7)
カーボンニュートラルLPガスとカーボンクレジット
脱炭素社会に向けて、カーボンニュートラルLPガスやカーボンニュートラル都市ガスが登場している。こうしたガスを使えば、需要家のCO2排出量を削減することができる。というか、削減したように算定することができる。でも、本当にカーボンニュートラルなガスになっているのか、問題はないのか、そもそもどのようなしくみでカーボンニュートラルになっているのか、実はあまり理解されていないのではないか。そんなことを思わせることがあった。
まず、カーボンニュートラルLPガスのしくみについて説明しておこう。
これは、LPガスを燃焼したときに排出されるCO2を、別の場所で削減しておく、というしくみだ。そして、このしくみに使われるのが、カーボンクレジットである。
カーボンクレジットとはどのようなものか。例えば、植林をしたとしよう。植物が成長するにしたがって、大気中のCO2を吸収してくれる。つまり、植林によってCO2が減っているということになる。その減った分を、カーボンクレジットというものにする。
CO2を減らす事業は植林だけではない。省エネや再エネのプロジェクトも、“今のところ”クレジットの発行ができる。ガス田のフレア除去もクレジットの発行対象になっている。
そして、カーボンニュートラルLPガスは、燃焼したときに排出するCO2を、あらかじめ植林などによるカーボンクレジットで相殺してある、ということだ。
とはいえ、実はカーボンクレジットにはいろいろな種類がある。大きく分けて、ボランタリークレジットとコンプライアンスクレジットだ。ボランタリークレジットは、CO2削減について第三者認証を経てクレジット化したもので、第三者認証機関にはいろいろなものがある。一方、コンプライアンスクレジットというのは、EUの排出量取引制度など法制度に対応したクレジットになる。
ボランタリークレジットにはいろいろな種類があるが、一般的に海外で認証されているものが比較的安く流通している。しかし、このクレジットでCO2排出を削減しても、日本のCO2排出削減にはならないことには要注意。
日本で認証されているクレジットには、Jクレジットがある。この場合、日本でCO2を削減しているので、日本のCO2排出削減になる。
この他に、日本と他の国で協調してCO2を削減する二国間クレジットというものもあり、これも日本のCO2排出削減になる予定だ。
ボランタリークレジットは比較的安く、CO2-トンあたりで、数百円から数千円の範囲にある。Jクレジットは比較的割高で、数千円から1万円程度のものまである。
これに対し、コンプライアンスクレジットは最低でもCO2-トンあたりで1万円は超える。
そんなわけで、最近までは、ボランタリークレジットの利用が増えていた。しかし、最近になって、その利用にブレーキがかかっている。なぜなら、クレジットを創出するプロジェクトそのものの信頼性がゆらいでいるからだ。
わかりやすい事例としては、植林プロジェクトがある。植林して木が成長すればCO2は削減されるが、クレジット発行後に伐採してしまえば、CO2はまた大気中にもどってしまう。これではクレジットは意味をなさない。信頼性のないクレジットは、誰も使おうとしなくなっている。
とはいえ、クレジットの課題はそれだけではない。とはいえ、カーボンニュートラルLPガスに意味がないわけでもない。ちょっと長くなるので、続きは次回に。
連載54(2024.1.22)
今年の再エネのトレンドは24/7なのである
24/7と言われても、だいたいの人は何のことだかわからないですよね。
これは、24時間/一週間という意味。日本でいえば、24時間365日といったところです。
そして、再エネを24時間365日供給するサービスが、これから求められてくる、ということなのです。
現実の話をすれば、とりあえず太陽光発電を設置して使っています、というのが一般的な話だと思う。コーポレートPPAというサービスも普及してきているし、長期契約が可能なら初期費用抜きで太陽光発電が使えるようになってきました。
そして、最近の話題は、バーチャルPPAというものです。これは、非化石証書だけを購入し、使う電気を全量「追加性のある」再エネにする、というしくみです。この場合、電気は市場で売ったりするので、差金決済というめんどくさいことも必要になるのですが、日本では村田製作所が利用するなどの事例が登場しています。
米国ではPPAといえばバーチャルPPAが主流でした。REC(再エネクレジット、日本でいう再エネ指定の非FIT非化石証書といったところでしょうか)を利用して実質再エネとして利用しています。
しかし、結局のところ、バーチャルPPAだけが普及してしまうと、他の需要家に対して火力発電の電気が集まってしまうことになります。
本当にCO2を出さないのであれば、24時間365日、再エネ発電が供給されるべきではないか、ということになります。そのため、米国ではGoogleなどが実際にこうした形での電力供給を受けていますし、24/7carbon free compactといった国連での運動も進んでいます。もっとも、24/7では再エネにこだわっておらず、原子力も含めているのですが。
なぜ、24/7かといえば、さきほどちらっと書いた「追加性」に関係があります。現在の電力システムを維持したままでは、太陽光発電の導入量には限界があります。夜間の電気はまかなえません。したがって、バーチャルPPAのような方法で非化石証書を独占しては、再エネの導入の限界を超えず、結果として「追加性」に疑問が生じてしまいます。
つまり、電力システムが再エネの主流になっていくような変化をうながしていく、そういったしくみが必要になるということです。
とはいえ、24/7を実現するのは簡単ではありません。Googleでは、太陽光発電や風力発電、地熱発電など複数の再エネを組み合わせて実現しています。
しかし、太陽光発電と風力発電以外の再エネの大幅な増加は難しいでしょう。そうなると、蓄電池の活用が必要になってきます。
すでに、パワーXという会社が、24時間太陽光発電供給の顧客の募集を開始しています。25円/kWh~という価格は、現在のフィジカルPPAよりは高いものの、一般的な高圧の電気料金+非化石証書の価格を考えると、悪くないようにも感じます。
パワーXの場合、蓄電池を安く供給することが可能という前提があってのことですが、蓄電池そのものは値下がりを続けており、他社もこうした事業に参入してくると予想されます。
それでも、蓄電池だけで24/7を実現するにはコストがかかりすぎます。充放電の損失がありますし、そもそも蓄電池もなるべく小さくしたい。したがって、需要側でも電気の使い方を変える必要があるし、太陽光発電以外の再エネを組み込むことも必要でしょう。
そうであっても、24/7であれば、「実質再エネ100%」といった電気やバーチャルPPAよりもよほどわかりやすいといえます。
というわけで、今年は24/7が本格的に話題になると思います。でも、それだけではありません。短期的には、低圧太陽光発電所に蓄電池を併設していくことが増えていくと思います。FITの発電所をFIPに転換して蓄電池を設置するという取組みが一部で行われていますが、新規の発電所は蓄電池併設があたりまえになってくる、ということも見えてきます。
そして長期的には、2032年以降の事業用卒FIT発電所の蓄電池併設リパワリングということが視野に入ってきます。さらに、同時に電気料金を安くする24/7向けのエネルギーマネジメントが求められるようになるでしょう。
2024年は、こうした新しいサービスの開発がトレンドになってくると予想しています。
連載53(2024.1.9)
グレイスラム
あけましておめでとうございます。
と言いたいところですが、能登半島地震やウクライナやガザを考えると、あまりそんな気にはなれないですね。
フランスではまた洪水が起きているし、少し前はドイツでも洪水でした。気候変動は確実に深刻化していますが、昨年末のCOP28の成果は乏しかったと思います。
今年は第7次エネルギー基本計画の議論が行われると思います。どのような計画になるのかは、エネルギー事業者には大きな影響があるでしょう。LPガス事業者への影響はまだ少ないと思いますが、他方でEV化は加速していくので、ガソリン需要がさらに減少していくのはまちがいないでしょう。2035年温室効果ガス66%削減、という数字が予測されます。2013年から3分の1に減らすというのは、大変なことです。
未来を考える上では、見たくない現実を正視することも必要かもしれません。
今年1月4日の日本経済新聞の酒紀行というコーナーで、グレイスラムが紹介されました。沖縄県南大東島でラム酒を醸造している会社で、創立20年になります。
この会社、沖縄電力のベンチャー募集制度で、当時アステル沖縄の社員だった金城さんが応募し、設立した会社です。南大東島ではサトウキビを栽培しているのですが、それを原料に、さっぱりとした、それでいて味わいのあるホワイトラムを醸造しています。
20年前といえば、自由化に対応する一環として、電力各社が社内ベンチャーの育成を行っていた時期でもあります。筆者もさまざまな電力発のベンチャーを取材しました。農業の会社やホームセンター、高齢者福祉施設など、さまざまな会社がありました。これも、事業ポートフォリオを拡大する一つの手段です。
しかし、現在も残っている会社はほんのわずかしかありません。ベンチャー企業とはそういうものかもしれないのですが。
グレイスラムも最初から順調だったわけではありません。独特のフレッシュなホワイトラムは、決して価格が安いわけではなく、販路の拡大は苦労したと思います。アルコール度数を下げた商品を開発したりもしています。また、2010年には筆頭株主が沖縄電力からヘリオス酒造に代わっていますが、そこにも理由があったのでしょう。
それでも、20年たって、ラム酒のメーカーとしての評価は確立したといえます。
それまで沖縄ではラム酒を醸造していなかったのですが、その後、伊江島でもイエラムの醸造が行われています。
これもまた、エネルギーに関係しています。というのも、NEDOの実証試験で、伊江島で自動車の燃料用アルコールの醸造を行っていたのですが、実証試験後、その設備を活用してラム酒の醸造を始めたということです。
確かに、ガソリンよりもお酒の方が高く売れますからね。
電力発のベンチャー企業の多くが撤退している中で、グレイスラムは現在も事業を継続し、ラム酒をつくっている。そこには、少なくとも新規事業を失敗に終わらせなかった要因がいくつもあるのだと思います。
それは、じっくり考えてみてもいいかもしれないと思っています。
連載52(2023.12.21)
みんなが集まるところに答えはない
エネルギー事業に話を限っても、本当に価値があって持続可能な事業は、みんなが集まるところにはない。
よくラグビーのモールに例えるのだけれど、そこに入っていくよりも外側にいた方が、どこからボールが出てくるのかがよくわかる。いや、ラグビーにおいてはモールは大切なのだけれど。
あるいは、中学生の体育の授業でのバスケットボールといえばいいだろうか。みんなゴールを入れられないまま、ボールを奪い合う。
例えばVPP(仮想発電所)という事業がある。もう何年も前から、住宅用蓄電池などを使ってVPPをやろうとするのだが、少しももうからない。
今だったら、アグリゲーターだろうか。新しくライセンスができたのだけれど、今はそれほど大きな事業にはなっていないのではないか。
もっとも、アグリゲーターの今の大きな事業は系統用蓄電池だ。しかし、明確な事業モデルが描けないまま、事業化を進めている。
需給調整市場で利益を出しているという話もあるし、長期脱炭素電源オークションでリスクを低減できるというが、その場合はリターンが少ない。
かつて、FITを使った太陽光発電事業が隆盛を極めた。これはさすがに、官製フリーランチともいうべきもので、たくさんの事業者が利益を得たと思う。しかし、持続可能な事業になっているものはどのくらいあるのだろう。利益を得た人たちは、発電所を高値で売却してしまっているのではないか。
カーボンクレジット事業も同じだ。
CO2排出を相殺できる便利なクレジットには需要がある。2030年に向けて市場は10倍以上拡大するという予測もあった。
筆者はそう単純には考えていなかった。そこで言われていたのは、安価なボランタリークレジットだが、実際にはクレジットに信頼性がなく、より高価なコンプライアンスクレジットに関心が集まってきている。それはまったく別のスキームだ。
おそらく非化石証書も同じ運命をたどるのではないか。
冷静に考えれば、VPPが本当に必要になるには、もう少し時間がかかる。まずは再エネ発電所の出力制御を回避するために、既存の設備でできるところまでいってから、VPPの出番となる。
アグリゲーターが真価を発揮するのは、2032年の事業用発電所卒FITを待つ必要がある。
系統用蓄電池は運用益が市場に左右されるので、それを固定する手段が必要だし、だから米国カリフォルニア州では蓄電池が増加しても系統用蓄電池は減少している。
カーボンクレジットに求められるのは追加性だ。それが担保できないクレジットは駆逐されていく。
では、メタネーションやアンモニア火力やCCUSはどうなのか。冷静に考えると、少なくとも主役ではないだろう。
現在と将来の技術、それとコスト、需要、さらに地球環境と人口構成、そういったものを冷静に考えたとき、たぶん、多くの人が集まっているところには答えはない。
日本人は横並び主義と言われているし、その結果、人がいるところに集まってしまうのかもしれない。
けれど、行列のできるラーメン屋が必ずしもおいしいわけではない。
冷静になって10年後を考えてみることは、この国においては、もっともっと必要かもしれない。
連載51(2023.12.6)
COP28とグローバルストックテイク
11月30日から、UAEのアブダビでCOP28(気候変動枠組条約第28回締約国会議)が開催されている。産油国で開催されるCOPゆえに、脱炭素がゆるいのではないか、と考える人もいるだろう。しかし、UAEは最先端の再エネ事業がある国でもある。
マスダールシティはカーボンゼロを前提として開発された都市だ。そして、この都市で開発された技術を世界に展開する企業としてマスダールが創設されている。
産油国も、いつまでも石油産業が続くとは思っていないのだ。むしろ、今のオイルマネーを脱炭素技術に投資しているといっていいだろう。
さて、今回のCOP28の中心となるテーマは、グローバルストックテイク(GST)というものだ。これは、5年ごとに行われる、世界全体の温室効果ガス排出削減に対する評価だ。そしてこの評価をもとに、次の各国の削減目標が検討される。
すでに、GSTの議論はおよそ1年にわたって行われてきた。その評価を、今回のCOP28で合意する、ということになる。
GSTのおおまかな結論というのは見えている。2030年の各国の温室効果ガス排出削減目標は、十分ではない上に、それを実現するための政策措置も十分にとられていない。したがって、まだまだ温室効果ガス排出削減は進めなくてはいけないし、それどころか、削減が遅れた分だけ、今後は急激な削減が必要となってくる。
今年のG7環境相サミットでは、2035年の温室効果ガス排出削減は2019年比60%削減ということで一致したが、実際には先進国は80%削減が必要なのだ。
では、どのようにして温室効果ガス排出削減を進めるのか。あらゆる手段、ということになるが、今回のCOP28では、いくつかの取組みが出てきている。
一つは、再生可能エネルギーを2030年までに3倍に増やすこと。これは日本も賛成している。ただし、日本は3倍にするのではなく、せいぜい2倍。残りは途上国で増やしていく。二国間クレジットなどのしくみを使うことが想定されている。
原子力も3倍にするということで、日本を含む20か国が合意している。二酸化炭素を出さないのであれば、原子力にも頼りたいといったところだ。ただし、現実には、中国など共産圏が増やすことになるだろう。原子力はコストがかかりすぎる。期待された小型炉でさえ、先日、唯一型式認証を米国で取得した計画が中止になったばかりだ。
そして、メタンの削減。これはガス田や炭鉱、パイプラインから漏洩するメタンを削減するということで、比較的対応しやすい。
日本が参加しないのが、石炭火力発電所の削減だ。もう新規の発電所は建設しないとして、その先には既存の発電所の段階的廃止も行われてくる。
日本はアンモニアを燃やすことで、石炭火力を延命させる方針だ。ただし、将来はグリーンアンモニアを燃やすとしても、直近の実証では天然ガス由来のグレーアンモニアの混焼をおこなっており、実はこれで二酸化炭素の排出は増えている。
日本にはまだ運開したばかりの石炭火力発電所もある。そういった事情で、石炭火力の廃止にすぐに進むことはできないが、国際的な圧力は高まっていくだろう。
いずれにせよ、GSTが示すのは、今後さらに温室効果ガス排出削減は厳しいものにせざるを得ないし、その削減も、対策が遅れてしまったがゆえに、急激な削減が求められるというものだ。
今年は観測史上、地球の平均気温が最も高かった1年になるだろうと言われている。予測値では、平均気温よりも1.8℃も高いということだ。その結果、各国で旱魃による山火事や洪水が発生し、日本でも厳しい猛暑となった。
ただし、その原因はエルニーニョなども関係しており、通常であれば1.2℃上昇といったところだろう。
しかし、地球が温暖化すれば、今年以上の猛暑が通常となる。そこでエルニーニョが発生すれば、平均気温は2.5℃くらい上昇してもおかしくない。そういった未来が目に見えてしまうからこそ、温室効果ガス排出削減も急速に進めざるを得ない。
地球の限界が迫っているというのは、決して大げさな話ではない。エネルギー事業に関わるものは、そのことを将来像に織り込んでおく必要がある。