本橋恵一の「これからのエネルギー事業を考えよう」
本橋 恵一:環境エネルギージャーナリスト/コンサルタント・H Energy日本担当カン
トリーマネージャー
エネルギー業界誌記者、エネルギーIoT企業マーケティング責任者などを経て、電力システムや再エネ、脱炭素のビジネスモデルなどのレポート執筆、講演などで活躍。著書に『電力・ガス業界の動向とカラクリがよーくわかる本』『図解即戦力 脱炭素のビジネス戦略と技術がしっかりわかる教科書』ほか。
▼連載38:安すぎる日本のカーボンプライスと非化石証書 ▼連載37:「身を切る改革」と安売りには注意 ▼連載36:2035年60%削減のインパクト、実は66%削減なのだが ▼連載35:10月のエネルギー値上げに備える ▼連載34:WBCは、すごく良かったな、ということについて ▼連載33:送配電会社の資本分離 ▼連載32:豊田通商によるSBエナジー買収の意味 ▼連載31:電子コミックと紙というデバイス ▼連載30:事業の定義を変える、定義を拡張する ▼連載29:2022年問題を振り返る ▼連載28:ロシアによるウクライナ侵攻の憂鬱 ▼連載27:インフラを担う覚悟 ▼連載26:蓄電池事業は儲かるのか? ▼連載25:今年のCOP27のテーマはロスダメ ▼連載24:激変緩和の補助金支給は正しい政策なのか? ▼連載23:「まだ早い」と思えることは「早くない」 ▼連載22:MMT(現代貨幣理論)というパラダイムシフト ▼連載21:カーボン見える化ブーム ▼連載20:核融合炉と宇宙太陽光発電 ▼連載19:持続可能であるということ ▼連載18:守りよりも攻めが重要-参議院議員選挙と若者の投票行動 ▼連載17:カーボンクレジット市場の過熱に惑わされてはいけない ▼連載16:現実を見ないことが原子力の問題 ▼連載15:ガソリンのように電気を買う時代は来るのか? ▼連載14:LPガスから撤退する東京ガスと事業ドメイン ▼連載13:円安の時代とイノベーションの不在 ▼連載12:アマゾン労組と値上げできない電力 ▼連載11:エネワンでんきの設立と、エルピオの小売電気事業からの撤退 ▼連載10:震災と原子力と電力需給ひっ迫 ▼連載9:ロシアのウクライナ侵攻で考えること ▼連載8:ブルーオーシャンの孤独 ▼連載7:電気料金は下がらない ▼連載6:主役はアプリケーションかもしれない ▼連載5:野球チームからラグビーチームに ▼連載4:ソーラーシェアリングって儲かるの? ▼連載3:電力・ガス料金はもう安くならない ▼連載2:「有馬記念」がなくなる日 ▼連載1:エネルギー基本計画はたかだか中期経営計画にすぎない
連載38(2023.5.28)
安すぎる日本のカーボンプライスと非化石証書
最近、カーボンクレジットビジネスに関心が集まっている。いわゆる、CO2の排出権だ。ガス業界も無縁ではなく、クレジットでCO2排出をオフセット(相殺)したCNガスが取引されている。
それはいいのだが、基本的なことが、コンサルティング会社ですら理解されていないような気がしている。価格、しくみ、世界の情勢、こういったことが理解されていないということだ。また、そのことが、電力の非化石証書の価格にも悪影響を与えている。
現在、日本で扱われているカーボンクレジットは、海外で認証されたボランタリークレジット(VCC)と日本で認証されたJ-クレジットだ。
VCCについていえば、価格はピンキリだが、1トン-CO2あたり3ドル程度が平均だった。もっとも、昨年は値上がりしていて、10ドルくらいになっている。CO2削減の内容によっては1,000ドルを超えるものもあるという。
VCCは主に、森林によるCO2吸収や再エネ事業、省エネ事業などから発行されている。きちんと第三者認証を受けているので、CO2排出削減効果がある、とされている。また、森林由来のクレジットが多い。
市場規模は2021年には20億ドルだったが、2030年には500億ドルになる、という試算もある。
ということなのだが、VCCは問題が多い。まず、第三者認証が適切に行われているのかどうか。また、森林の場合、クレジット発行後に森林を伐採してしまうとCO2は再び排出されることになるため、継続的なモニタリングが必要だが、行われているのか。さらに言えば、生物多様性が気候変動と同様に重視されるようになっており、植林や森林管理では生態系保全が優先されるようになってきている。VCCは企業のCO2排出削減に使うことは可能だが、必ずしも高く評価されず、国のCO2排出削減目標には計上されない。今後、パリ協定と整合性のあるクレジットが求められるようになるだろう。
価格は10ドルくらいからと書いたが、VCC以外に、法令で規定されたカーボンクレジットもある。EU排出権取引制度のクレジットがよく知られているが、これは一昨年から価格が高騰しており、一時は100ユーロ/トン-CO2を超えていた。現在は80ユーロ/トン-CO2となっている。ほかの国でも価格は上昇しており、ニュージーランドのクレジットは昨年は85NZドル/トン-CO2を超えており、現在でも50NZドル/トン-CO2程度、日本円で4,250円/トン-CO2だ。
日本では、花王などいくつかの会社が、インターナルカーボンプライシングという制度を導入している。CO2に値段をつけることで、その価格以下であればCO2排出削減の投資をするという判断ができるしくみだ。価格は1万円/トン-CO2を超えている。
前述のJ-クレジットも、価格が上昇しており、3,000円/トン-CO2から1万円/トン-CO2のものもある。
今後、CO2排出削減の目標が引き上げられて行けば、省エネによるクレジットの発行のベースラインも変わってくる。再エネの普及により、電力のCO2排出原単位が下がってくれば、再エネでオフセットできるCO2排出量も少なくなる。森林のクレジット認証は厳しくなるだろう。
パリ協定でのクレジット制度の詳細設計ができれば、VCCはその制度に近づくだろう。
その結果、カーボンクレジットの価格は上昇することが予想される。EUの炭素国境調整が導入されれば、EUのクレジット価格に近づくことも予想される。CO2排出削減をどこで実施しても地球への影響が同等であれば、クレジット価格も収れんしていく。
2030年にはクレジット価格は1万円/CO2-トンが平均価格になっていてもおかしくない。
このことは、電力の非化石証書とも関係してくる。
日本では現在、1円/kWh以下で落札されている。FIT非化石証書で0.4円/kWh、非FIT非化石証書は0.6円/kWhだ。
これは自然エネルギー財団の調査では、米国のREC(電力の環境価値)に近い水準だという。しかし、これもまた、ボランタリーRECの水準に近いということであり、法令に基づくRECは高いときには6セント/kWhになることもある。
実は、カーボンクレジットの価格を1万円/トン-CO2とすると、非化石証書は6円/kWhくらいになる。
仮に、2030年にカーボンクレジットが1万円/CO2-トン、非化石証書が6円/kWhになるとすると、その時点でCNLPガスやCN都市ガス、再エネなどのビジネス環境が大きく変化することになる。どのように変化するのか、そのシナリオを考えておくことが必要だ。
連載37(2023.5.10)
「身を切る改革」と安売りには注意
4月の重要なイベントは、統一地方選挙だった、はずだ。
はずだ、というのは、重要さがさほど認識されておらず、投票率が低かったこと。メディアの注目度も高いとはいえなかった。
もっとも、近年の日本では国政選挙ですらマスメディアはあまり報道しなくなっているのではないだろうか。
こうした中にあって、関西圏を中心に、「身を切る改革」を主張する政党が議席を増やした。政治的なイデオロギーはさておいても、「身を切る改革」ということには、違和感がある。というのも、そうした改革そのものが、国民に何のメリットももたらさないばかりか、弊害が大きいということだからだ。
「身を切る改革」の中身といえば、議員定数の削減と議員報酬の削減だ。それで、行政の支出は確かに減る。減った分が住民に還元されるのであれば、悪い話ではないように思える。
でも、本当にそうなのだろうか。
日本の政治家は、概して政策立案能力が低いのではないだろうか。とはいっても、これは個人の資質だけの問題ではない。というのも、現実の社会が抱える問題は複雑化しており、一人の政治家の手におえるものではない。そのため、政治家というのは、議員をフロントマンとしたチームでなければつとまらない。
実際に米国上院議員は20名程度の政策スタッフを抱えているし、それぞれの政党ごとに政策シンクタンクも多い。
つまり、まともな政策を立案するためには、それだけのコストがかかるということだ。
議員定数の削減も、結果として少数意見を反映しにくい議会をつくることになる。多様性が求められている時代に逆行しているといっていいだろう。
そうであるにもかかわらず、「身を切る改革」が受け入れられるのは、政治に対する期待が低いからだろう。
せっかくの休日に投票所に足を運んだとしても、それだけのメリットが感じられないのであれば、誰も投票はしない。期待しないのであれば、少しでも議会に対するコストを削減して、住民へのリターンを増やしてほしいと思うのは、仕方ないのかもしれない。
とはいえ、「身を切る改革」の実行の先には、さらに期待に応えられない政治しかない。それだけ、議員の力がなくなっているのだから。
そうなると、さらに関心は低くなってしまう。まさに悪循環だ。
結局のところ、政治に対する期待値の低さと関心の低さが、「身を切る改革」につながっているといっていいだろう。
もちろん、問題はそれだけではない。名前の連呼ばかりで政策を訴える機会が少ない選挙制度というのはどうなのか。せっかくネットがあるのだから、政見放送の動画はいつでも見られるようにしてもいいのではないか。
市長選や町村会長選、市議会選や町村議会選はとりわけ選挙活動の期間が短い。それで投票先を選べるだけの時間と情報が確保されるのか。
ということで、最初の話に戻ると、重要なイベントなのに注目度が低かった統一地方選ということになる。
こうした中で、「身を切る改革」というのは、政治を安売りしていることでしかない。
安売りというのは、価格以外には何も期待されていないということだ。
確かに、中身が同じであれば、安い方がいいにきまっている。でも、それは中身が期待されていないということでもある。
何かしらのイノベーションがあって安くなるならともかく、安さだけにしかフォーカスされなければ、結果として中身が劣化していくだけだ。
政治と商売は同じではないかもしれない。でも、こと、安売りに注意が必要ということは、同じ論理といえるのではないだろうか。
連載36(2023.4.27)
2035年60%削減のインパクト、実は66%削減なのだが
G7環境省会合で焦点となったのは、石炭火力の扱いやCO2など温室効果ガスの排出削減目標など、気候変動問題だった。
なんとなく、日本は石炭火力の存続を認めてもらって、花を持たせてもらったように見えるかもしれないが、そもそも温室効果ガスの排出削減目標がかなり厳しいものになっているので、厳しい対策が求められるようになった。
さらに、石炭にとどまらず、化石燃料全体の段階的削減でも合意した。
13年後の2035年は、化石燃料ビジネスはより厳しい立場に立たされることになる。
2035年60%削減というのは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次報告書に基づく数字だ。このくらい削減しないと、2050年カーボンゼロや1.5℃目標は達成できないということだ。
これがどのくらいのものなのか。
現在の日本のパリ協定における目標は、2030年に2013年比46%削減である。50%削減も目指すともしている。
一方、今回出てきた2035年60%削減というのは、2019年比だ。これを2013年比にすると、66%削減となる。つまり、5年間でさらに20%削減する、ということだ。
温室効果ガスの削減において、先行して進むのは、電力の分野だ。この時点で8割くらいが再エネと原子力になっているだろう。
もちろん、アンモニアや水素に対する期待もある。しかし、グレー水素やグレーアンモニアを使う限りはCO2排出削減にはならないし、2035年の段階でもグリーン水素やグリーンアンモニアはかなり高価だろう。
また、石炭火力のアンモニア混焼は、20%程度ではLNG火力よりもCO2排出が多い。アンモニアをどのくらいまで燃やせるのか、技術開発も不透明だ。
世界的には、水素の方が有力とされているし、技術開発も進んでいる。水素を燃やすガスタービンの方が現実的だ。
しかし、水素は輸送コストが高い。
また、EV化がどのくらい進展するのか、させるべきなのか、ということも改めて考えることになる。再エネの増加に対し、EVが余剰をどれだけ吸収するかが、カギとなってくる。
LPガス業界にとっても、大きなインパクトが考えられる。例えば、エコキュートが標準装備となったら、エコジョーズの存在はあやうい。せめてハイブリッド給湯器を販売していく、ということになるのだろうか。
EV化が進展すれば、ガソリンスタンドが不要になってくる。EVであれば自宅で充電できてしまう。そのとき、どのような業態転換を考えればいいのか。
2035年に2013年比66%と考えると、CO2排出を削減しにくい分野を残すしかない。セメントや航空機といった分野だろうか。2035年になってもハイブリッド自動車を販売しているとしたら、そのしわ寄せはどこかにいく。EV以外の販売を中止しても、走っている自動車が100%EV化するには時間がかかる。
13年前というと、2010年、東日本大震災が起きる前の年だ。このときに、第3次エネルギー基本計画がまとまり、原発30基増設というようなことが言われていた。
結局のところ、日本はこの13年間、再エネが増えた以外が大きな変化はなかったと思う。しかし、同じペースで考えたら、13年後には、日本は海外から大量のカーボンクレジットを買うことにもなるだろう。
現在のEUの排出権価格がおよそ1万4,000円/CO2トンといったところなので、10%削減に相当する1.4億トンも買えばそれだけで1.4兆円ということになる。2022年の貿易赤字額の5%に相当する。
13年後に向けて、我々はどのように進むのか、ちょっと考えておくことが必要だ。悪い話ばかりではない。CO2排出削減に向けて、新しい商品やサービスを販売できるのだから。
連載35(2023.4.6)
10月のエネルギー値上げに備える
4月に入って早々、10月の心配をしなきゃいけない。でも、2030年の心配をするよりは現実的に感じられるのではないだろうか。
現在、政府が補助金を支給している、ガソリン、電気、都市ガスについての激変緩和措置は、はっきり言って愚策だ。橘川武郎さんに言わせると「筋が悪い」ということになるのだけど。ガソリンスタンドの経営者にとっては、ガソリン需要を維持してくれるので、その点ではよかったと思われるかもしれないのだが。
激変緩和措置は、予定では今年の9月まで続くことになっている。電力でいえば、8月までは7円/kWhの補助が出て、9月も半額の3.5円/kWhとなる。10月以降は未定ということだが、仮に10月から補助金がなくなると、どうなるのか。
そのころまでにエネルギー価格が下落していればいいのだが、少なくとも大幅な下落は期待できないだろう。確かに、現状を見れば、一時期ほどの高騰とはなっていない。
日本の電気料金の高騰の最大の要因は石炭価格の上昇だが、これは昨年のピーク時とくらべて4月上旬には半分以下にまで下がっている。値上がりし始めた2021年秋のレベルにある。
天然ガスは昨年夏こそヨーロッパで大幅に値上がりし、極端な高騰となったものの、暖冬の影響で冬期はさほど値上がりせず、春は非需要期なことから、比較的安くなっている。また、米国産シェールガスがかなり安いということも影響している。
夏は再び電力需要が伸びる。気候変動の影響で猛暑となる可能性は高いため、再び石炭や天然ガス価格が上昇する可能性も高い。
秋となって再び非需要期となれば、エネルギー価格は落ち着くのではないだろうか。しかし問題は、その次の冬だ。
欧州は一般的に冬が天然ガスの需要期だ。仮にロシアによるウクライナ侵攻が解決したとしても、ロシアから欧州への天然ガス供給が拡大する見込みはほとんどない。暖冬にでもならなければ、天然ガスの価格が急騰する可能性は高い。
日本の場合、長期契約によるLNGが圧倒的に多いため、欧州ほど高騰することはないだろうが、やはり高値となるだろう。とはいえ、今年の冬同様に在庫を積み増すことになるので、価格変動は少なく、ただし平均的に高値、ということになるのではないか。
一方、石炭は新興国の需要増の影響で、再び価格が上昇する可能性がある。
何が言いたいかといえば、激変緩和措置が終了するとすぐに冬の需要期を迎えることになり、需要家は急激な価格上昇にさらされるということだ。
そもそも、なぜ激変緩和措置の補助が愚策なのか。それは、せっかくの補助が将来の構造変化への対応の妨げになっているからだ。
ガソリンの価格高騰の抑制のために補助金を出すよりも、EVや充電設備への補助金の方が、結果として後に残る。電気料金よりも断熱改修などの補助をすれば、CO2排出量が減少する。けれども、こうした対応を取らなかったことによって、EV化やCO2排出削減に対し、日本社会が遅れてしまうことになる。
確かに、ガソリン代や電気代、ガス代の値上げが抑制されれば、消費者にとってはありがたい。でも、それは一時的なものだ。
長期的にエネルギー安全保障を考えながら、安定した供給が可能な体制、それに資する設備の更新、気候変動対策、こうしたことに対応することが優先なのではないか。
民間においても、これは同様で、こうした視点を持って事業に関わっていくことが必要なのではないか。補助金を受け取ったとしても、長期的な事業戦略は今の政府に付き合う必要はないのではないか。そうしなければ、事業そのものが時代に取り残されかねない。
今から今年10月のことを考えておくのは、2030年に、さらに2050年につながっていくことだ
連載34(2023.3.24)
WBCは、すごく良かったな、ということについて
今回の第5回WBC(World Baseball Classic)は、結果としては日本チームの優勝で、けっこう日本国内は盛り上がったと思うけれど、それにもまして、いい大会というか、いいゲームだったな、と思った。たぶん、第1回から第4回までと比較しても、ちがったのではないか、というふうに思っている。
筆者がテレビで観戦したのは、準決勝のメキシコ戦と決勝のアメリカ戦のみだが、どちらも、どっちが勝ってもおかしくないいいゲームだった。野球のおもしろさを100%伝えてくれるゲームだったと思う。では、なぜそんなゲームができたのだろうか。いくつもの要因がある。
今回のWBCのMVPは大谷翔平だった。大谷のテンションの高さは半端なかった。栗山監督が言っていたけれど、大谷が所属するエンゼルスは優勝から遠く離れたところにいて、緊張するゲームがなかなかできなかった、そのフラストレーションがあったのだと思う。野球は個人競技ではないので、大谷が何勝したか、ホームランを何本打ったかもだいじだけれど、チームとして優勝を目指すことはもっと重要だ。
チームがあって大谷があるし、大谷があってチームがある、そういう姿が、見ている側にも伝わったと思う。
今回の日本チームに米国籍の大リーガーが一人参加していた。ヌートバーである。あっというまに、ペッパーミルが流行ったけど、ある意味では異文化を受け入れることに成功したとも思う。言葉の通じない中でも活躍したし、日本のファンにも強い印象を残した。
そして、ヌートバーの参加に象徴されることだけれど、今回のチームには、日本を背負うという悲壮感はなかった。むしろ、各国のスーパースターが集まったドリームゲームをするという、その楽しさがあったと思う。国別の対抗ということではなく、国別で分けたドリームチームであり、最後の場面は、エンゼルスのスタープレーヤーどうしの戦いとなったことも印象的だ。
そうした中で、みんながよく知っている選手のいるチームを応援してきた、ということが、良かったのではないだろうか。
WBCにはわりと若い選手が選出されている。ベテランに、シーズン前にベストコンディションで試合をしてもらうのは簡単ではないし、そうだとしたら、むしろ若い選手にチャンスを与えたほうがいい、というのはあると思う。それでも、第1回大会から比べると、現役大リーガーの参加は増えたとも思うけど。
それはそれとして、特に決勝戦では、日本の2年目・3年目の若いピッチャーが大リーグの強力打線を抑えたのは、なかなか痛快だったと思う。薄氷を踏むような展開ではあったけど。その痛快さもあるけれど、彼ら何年か後には大リーグで活躍していてもおかしくない。そうしたチャンスをつくる機会を、栗山監督はつくってきたのではないか、とも思う。
こうしたチームをつくってきたことには、栗山監督のマネジメントというのが評価されるべきだと思う。一流選手の集まりなので、あえて言わないけれど、察してくれるし、その上でやるべきことをやってくれる。また、それを納得させるだけの信頼もある。
ホットな大谷に対し、クールなダルビッシュをメンターとして配置したり、ヌートバーを招集して刺激を与えたりはしたけれど、それ以上細かい指示はしていないし、ゲーム中も選手起用以外は作戦らしい作戦はなかったと思う。
こうしたマネジメントのスタイルが、選手の力を最大限に引き出したのではないかと思う。
そして最後に、それぞれの選手は、優勝の二日後にはチームに戻り、シーズンの開始に備える。日本でもアメリカでも、長いシーズンが始まる。ドリームチームのことは忘れて、頭を切り替えなきゃいけない。
でも、終わったら次へ行く。こうしたことが、人を進ませるのだと思う。それがわかっているから、この一瞬が感動的だったのではないか、とも思う。
この大会で、選手たちは、見てくれた子供たちが野球をめざしてくれたらいいと話していた。確かに野球人口は減っているし、9人集まらない野球部もめずらしくない。
その理由は、子供が減っているというだけではなく、とくに少年野球や高校野球がつまらないものになっているということがあるのだと思う。アマチュアスポーツ全般に言われているのは、勝利至上主義が行き過ぎていないかどうかだ。野球に限っても、こどもがのびのびとプレーできているのかどうか。どの選手もフィールドに立つことができているのかどうか。
WBCは野球の面白さを伝えてくれたけれど、そこには、投げて、打って、走って、捕るという基本的な面白さがあった。アマチュアスポーツが、そういったことを本当に楽しめるものとなっているのか。
バント禁止の少年野球大会、監督やコーチの叱責を禁じたバレーボール大会などが登場し、高校野球でも地域のリーグ戦ができたりしている。
私たちは私たちなりのWBCをやっていく、そう思わせてくれた試合だったからこそ、多くの人が感動したのではないか、とも思う。
連載33(2023.3.7)
送配電会社の資本分離
関西電力をはじめとする、旧一般電気事業者が、送配電部門の顧客データを閲覧し、会社によっては取り戻し営業をしていたことが明らかとなった。
送配電事業は、2020年に旧一電から分社化されたが、それ以前から、中立を保つために、情報遮断を行ってきたはずだった。つまり、同じ会社であっても、送配電部門のデータについては、他の部門はアクセスできないし、人事異動も制限されているはずだった。しかし、電力会社内で同じシステムを使っていれば、情報が見えてしまう、という言い訳だったが。
この問題にたいし、政府の有識者会議は、資本分離すべきだという提言をまとめたという。
ヨーロッパでは、電力の自由化にあわせて、送配電部門は資本というか所有が分離されていった。代表的な会社が英国のナショナルグリッドだ。
一方、米国の場合、自由化されている州でも送配電部門は資本分離はされていない。そのかわり、機能分離といって。運用部門が独立している。
旧一電の資産として、もっとも大きいのは、実は送配電網だ。発電所の方が価値がありそうだが、実はそうではない。さらに、発電部門は自由化されている上、脱炭素化にともなって火力発電の価値が下がりつつある。
その上、送配電部門は規制部門であり、料金も総括原価方式が適用される。正確には、レベニューキャップという制度によって、無制限の送配電部門の投資によって価格を引き上げることには歯止めがかかるようになっている。これは、かつての旧一電が投資するほど料金を引き上げられるようになっていたことに対する反省だ。
送配電部門が資本分離されれば、旧一電は資産のもっとも大きな部分を手放すことになる。まあでも、それはたぶん、悪いことではなく、売却益は原子力発電の廃炉費用にあてればいいのではないか、とも思うわけだが。
そうはいっても、前述のように火力発電は先細りであり、小売り部門は顧客エンゲージメントが低いとなると、本当に10年後は、旧一電そのものが存在しないかもしれない。
大企業であっても、不正に対する処罰は厳しいものとなることがある。こうしたことは肝に銘じておきたい。法的な処罰のみならず、金融市場における処罰もある。いわばESGのGの部分である。
一方、今回の問題に関連して、旧一電は電気料金のうち規制料金の値上げを申請しているが、これについて政府は慎重に査定するとしている。しかし、これは問題が違うのではないか、という気がしている。
そもそも、規制料金を残すかどうか、かつてその議論がなされ、結局残ったわけだが、電気料金の価格が高騰するという状況は、当時とは異なっている。というのも、規制料金が割高だったことから、新電力に競争力が生じた。しかし現状は、電気料金が高騰しており、規制料金は逆に安い価格で残っているということになる。そのための値上げ申請である。新電力にとって、旧一電が赤字のまま規制料金で電気を供給し続けることは、双方にとってメリットがない。
また、そもそも規制料金を残すべきかどうか、前述のように環境が変わっているのだから、その点から議論すべきではないか、とも考えられる。
そこで気になるのが、三段階料金の最初の部分だ。この制度では、実質的に旧一電と新電力がいずれも赤字で供給していることになるだろう。
では、これをなくすべきなのかといえば、そうではない。そもそも、離島や過疎地域でも、電気料金が高いということはない。電力会社は赤字で供給している。離島の場合、発電原価が高いため、新電力は参入できず、旧一電の赤字での供給となる。
この赤字は、電力会社全体で負担すればいいのではないだろうか。実際に、中国電力では離島に供給するための費用を、電気料金のコスト構造の中に織り込んでいる。こうした料金については、いずれユニバーサル料金として徴収してもいい。前例がないわけではなく、NTTでも離島などの通信コストを補填するため、ユニバーサル料金を顧客から広く徴収していた。
三段階料金そのものが、元々石油ショックを契機に、省エネ促進という意味も含めて導入されている。そうであれば、このしくみを維持することに、公費を使ってもいいかもしれない。
現在、一般家庭の電気料金に対し、政府から7円/kWhの補助が出ている。しかし、これは光熱費を下げる一方で、個人の省エネのモチベーション(断熱改修や家電の買い替え、太陽光発電の設置など)をうばってしまい、国の脱炭素化を止めてしまう。同じことは、ガソリンの補助金についてもEV化の阻害として同じことが指摘できる。
だとしたら、1段目の安価な料金への補助に絞ってもよかったのではないか、と思うのだが、いかがだろうか。
連載32(2023.2.20)
豊田通商によるSBエナジー買収の意味
豊田通商が、ソフトバンクグループのSBエナジーの株式の85%を取得というニュースがあった。SBエナジーは豊田通商の子会社となる。結果的には、双方にとって悪くない取引だ。SBエナジーの社員にとっては、ショックだっただろうけど。
この取引、ソフトバンク側から見ると、1つは赤字の穴埋めのようなところがある。だが、それだけではない。ソフトバンクは電気事業に関わる子会社として、SBエナジーとSBパワーの2つがあった。先に設立されたSBエナジーは、メガソーラーなどの開発を手掛けてきた会社だ。とはいえ、日本でのFIT価格の引き下げから、日本国内での新たな開発を行わず、サウジアラビアへの進出を行った。とはいえこれは成功せず、現在はVPP事業などで次の展開をうかがってきた。
一方、SBパワーは小売り電気事業を行っている。通信会社としてのソフトバンクにとっては、電気の小売りもてがけることで、顧客接点をふやすことができる。そして、SBパワーでもVPP事業を行っている。
このように見ていくと、SBエナジーはソフトバンクグループにとって相対的に重要ではなくなってくる。
一方、豊田通商は最近ではユーラスホールディングスを完全子会社化した。
元々、ユーラスは後に豊田通商に吸収されるトーメンがかつての東京電力とともに設立した会社で、風力発電事業を中心にてがけてきた。東京電力ホールディングスが赤字となる中で、ユーラスの株式を売却せざるを得なかったとはいえるだろう。また、風力発電の開発そのものは、子会社である東京電力リニューアブルパワーや中部電力との合弁会社であるJERAでも取り組んでおり、その意味でもユーラスは不要となっていた。
ユーラスは実質的には、トーメンの風力発電事業のチームだったので、豊田通商に戻るということになる。豊田通商自身も風力発電事業などの再エネを手掛けてきた経緯もある。
これにSBエナジーを加えることで、豊田通商は再エネ開発事業者として日本有数の企業となる。
さらに、豊田通商は自社に手薄だったSBエナジーのVPP事業も組み入れることができる。トヨタグループとして、EVを活用したエネルギーシステムの構築が期待される。
さて、筆者が気になるのは、両者の10年後の姿だ。
およそ10年前、ソフトバンクはSBエナジーを設立した。孫正義は再エネの開発を通じて日本の電気事業の独占に風穴を空けたかった。同時に、FITというビジネスチャンスをものにしたかった。その後、SBエナジーの子会社としてSBパワーを設立したわけだ。しかし、今では孫はエネルギー事業、というよりも日本での事業そのものに関心を失っているように思える。こうした中で、ソフトバンクグループは日本で何を生み出せるのだろうか。
10年後には、何が残っているのだろうか。
では、豊田通商はどうなのだろうか。再エネの主戦場は、これから洋上風力と系統運用技術にうつっていく。これらはまだ豊田通商として十分にできているものではない。では、今までのようなシンプルな再エネ開発事業はどこまでできるのか。まさかトヨタ自動車向けのPPAで終わるとも思えない。
10年後に向けて、現在の経営資源をどのように使っていくのか、気になるところだ。
本当に今回の取引は悪くないと思う。けれども、ではそれで何をするのか。そのことをもっと伝えていくべきではないだろうか。
連載31(2023.2.6)
電子コミックと紙というデバイス
前回はガソリン自動車から電気自動車に変わっていく中で、事業の定義が変わっていくことを書いた。今回は、別のケースを紹介したい。
マンガの市場は現在、6,000億円を超えている。「鬼滅の刃」のようなヒット作がなかった2022年こそ前年比でマイナスになっているものの、それまでは上昇傾向にあった。
とはいえ、出版不況というのが通常の状態にあるし、かつては発行部数が600万部に達していた「週刊少年ジャンプ」は、現在128万部とのこと。「週刊少年マガジン」や「週刊少年サンデー」は100万部に達していない。
多分、気づいていると思うが、マンガ市場の拡大をけん引しているのは、電子コミックだ。これが登場するまでの2000年代は市場が縮小傾向にあった。
とはいえ、紙のコミックの市場の方がまだ大きい。電子コミックが紙を維持している、という側面もありそうだ。
これを、出版業が紙から電子書籍に変わっていくというふうに考えると、本質を見誤る。それでも紙が残る、といえばそうなのだが、そこには理由があるということが、わからなくなってしまう。
どういうことかといえば、出版物をひとくくりにして見てしまうということが問題だ。
書店に行くと、たくさんの本が並べられている。では、消費者にとって、本はすべて同じ役割を持っているものなのだろうか。そうではないだろう。形態が同じであっても、使われ方は異なっている。
マンガや文芸書は楽しませてくれる時間を与えてくれる。けれども地図や料理書は実用的な目的があるし、絵本は幼児にとってはおもちゃでもある。
つまり、形は同じであっても、用途が異なる商品ということだ。
何が言いたいのかというと、本というものは、ROM(Read Only Memory)のデバイスであるということだ。そのように見ていくと、出版がどうなっていくのか、違った見方ができる。
書店というのは、本を売っているのではなく、ROMにいろいろなコンテンツを載せて売っていると考えてみたらどうだろうか。そうすると、紙に適したコンテンツと電子化が適したコンテンツがあることがわかる。すでに百科事典は印刷されることがほとんどなくなってきた。実用的なコンテンツは、紙よりもスマホやタブレットの方が適しているのだろう。
その一方で、マンガでは紙がある程度残っているのは、紙というデバイスがおちついて読むことに適しているからだろう。電子コミックでたいていの作品を読んだとしても、じっくり読みたい作品はコミックスを買う、という消費者の行動が、コミック市場を支えているのだと思う。
そうは言っても、紙というデバイスでしかコンテンツを提供できない書店の経営は苦しくなる一方だし、生き残るためには紙でしか提供できないコンテンツの専門店化か大規模化するしかない。それができない街中の書店は消えるか、あるいはコンビニエンス化するしかないだろう。
一方、書籍の印刷は市場がさらに縮小していく。印刷業から、版下作成の業務が縮小し、さらに印刷そのものが減少していっては、経営は成り立たない。凸版印刷も大日本印刷も、すでに印刷会社というものからいかに脱出しようとしているのか、その苦労の連続のようだ。
にもかかわらず、マンガ市場は好調だ。何が言いたいのかといえば、人はあいかわらずコンテンツを求めている。ただし、デバイスが変化しているだけだ。そして、新しいデバイスに対応できない事業は、サプライチェーンから外されていく。書店や印刷会社は不要になっていく。
自動車業界で起きていることは、特殊なことではなく、かつて出版業界で起こってきたことなのだ
連載30(2023.1.23)
事業の定義を変える、定義を拡張する
今年、ラスベガスで開催されたテック系の展示会、CES2023では、ソニーとホンダによる電気自動車(EV)が注目を集めたという。
ホンダがEVというだけなら話題性はないが、ソニーが加わると話は変わってくる。
ソニーは2つの点から、EVにアプローチしている。1つはセンサーであり、もう1つはエンターテインメントとしてのクルマだ。
実は、一昨年、ソニーのEVに試乗させてもらったことがある。といっても、後ろの席にいただけだし、乗用車として登録していないので、あくまで構内を走るだけだったが。正直言えば、ゲーム機の感覚こそあったものの、すごく感心したというほどではなかった。しかし、開発担当者の話はそうではなかった。
なぜ、ソニーがEVを試作したかといえば、将来の自動運転を見据えたセンサーの開発ということがあった。優れたセンサーを開発すれば、多くの自動車メーカーが採用してくれる。その市場をねらっていくということがある。そのために、自社でEVを開発し、まずは実証しようということだ。
自動運転が完全なものになれば、運転の必要がなくなる。では、乗っている人は何をするかといえば、景色を見ているだけではないだろう。音楽を聴き、ゲームを楽しむ、エンターテインメントの空間をつくりだすということだ。
ガソリン自動車・ディーゼル自動車からEVへの変化は、単にエンジンからモーターへの変化というわけではない。モーターにすることで制御がしやすくなった。自動運転に近づき、より安全性が高い自動車となっていく。
自動車のもつエンターテインメント性も変わってくる。
これまで、自動車は人や物をある地点から別の地点に運ぶものであり、運転が必要だった。その運転を楽しむこともある。
しかし、自動運転車は、人を運ぶだけではなく、その時間をいかに楽しむかということも含まれてくる。楽しい時間をすごす選択肢が増えたといってもいい。
こうしたことに加えて、蓄電設備としての活用も期待されているが、それはここではひとまず置いておく。
今からおよそ20年前、BMWは水素エンジン自動車を開発した。燃料電池ではなく水素エンジンである。そこには、エンジンの心地よい振動とともに運転する、自動車本来の楽しみがあった。
しかし、BMWは結局、水素エンジン自動車を主役にすることはなかった。高い燃料である水素を使ってまで、エンジンで走ろうという人はさほど多くない。それに、EVの強い加速性能の方が、ドライバーにとっては魅力的だという。
BMWの失敗は、自動車の楽しみを狭くとらえ過ぎたことではないだろうか。ガソリン自動車の延長には未来はなかったということになる。
ソニーがウォークマンをつくったとき、音楽の聴き方が変わった。今となっては、大きなコンポーネント型のオーディオはあまり見なくなった。オーディオメーカーも淘汰された。同じように、ガソリン自動車がEVとってかわることで、自動車の定義も変わりつつある。ソニーが作ろうとしているのは、走るウォークマンなのだから。
固定電話が携帯電話にとってかわることで、通信事業の定義は変わった。
衛星放送とインターネットの普及によって、地上波番組では、質の高いコンテンツよりも、人畜無害な放送を流すことが求められるようになった。
CDはストリーミングにとってかわり、マンガ雑誌はマンガアプリになった。それでも、マンガが衰退したわけではなく、音楽はより身近なものとなった。デバイスが多様化したといえばいいのだろうか。
脱炭素化というけれども、このことは、EVのみならず、さまざまなビジネスの定義を変えるのではないかと思っている。デジタル化に匹敵する変化だと思っていい。
連載29(2023.1.10)
2022年問題を振り返る
あけましておめでとうございます。
ということで、今年もエネルギー周辺について、いろいろ考えていきたいと思う。
さて、2021-2022年問題というのが新電力界隈にあったはずなのだが、たぶんあまり知られていないだろう。そして、知られていないことが、新電力を苦境に追い込んだ原因の1つだとも思う。知られていないというより、見たくないものを見なかったということなのかもしれない。
2021-2022年問題とは何か。これは、2021年4月以降、新電力の経営が困難に直面することになる、ということだった。
理由は2つある。1つは、FIT(固定価格買い取り制度)の激変緩和措置の終了だ。
2012年にスタートしたFITは、当初は電力会社が固定価格で買い取り、あとから差額が補填されていた。その差額というのは、当時はFITの電気の価値は回避可能原価、つまり再エネの発電がなければその分だけ火力発電を余分に動かすことになったときの原価だとされていたのだ。そこで、新電力はFIT電源と相対契約を結び、日中しか発電しないにせよ、安価な電源として活用することができた。このことが、太陽光発電事業者の小売り電気事業参入のきっかけとなった。しかし、2016年にFIT制度が改定され、基本的に電気は総発電事業者が買い取り、JEPX(日本卸電力取引所)を通じて小売事業者が買うことになった。したがって、電気の価格はJEPXのスポット市場の価格となる。
一部の新電力は、「顔の見える電気」として、FIT電源との相対契約を望んだが、そこでできたのが、特定卸供給契約。送配電会社が一度買い取ったうえで、特定のFIT電源の電気を小売事業者に卸すしくみだ。しかし価格はJEPXのスポット市場価格と同じなので、小売り電気事業者にとって経済的メリットは何もない。
とはいえ、いきなり制度を変更すると新電力の経営に支障が生じるため、5年間だけ、相対による回避可能原価での契約を延長することが可能となった。その措置が終わるのが、2021年4月だ。このときに、新電力は安価な電源を失うことになる。
もう1つは、OCCTO(電力広域的運営推進機関)が毎年公表している電力供給計画において、2021年と2022年の予備率が低くなっていることが示されていたことだ。老朽化した火力発電所の休廃止を進めた結果なのだが、そのことは2019年ごろにはすでにわかっていたことだ。
予備率が低いということは、想定外の厳寒や猛暑、あるいは大規模な発電所の計画外停止があれば、需給がひっ迫するということだ。つまり、新電力にとって、安価に電気を調達できる時代は終わっていたということだ。
新電力としても言い分はあるだろう。電源開発は簡単ではなかった、燃料価格高騰など7予想外のことが起きた、など。確かに、現在のJEPXの市場価格は予想以上に高騰しているといえるだろう。その点は同情の余地がある。
だが、それでも日本の市場は英国や米国テキサス州などと比べると、はるかに低い価格でプライスキャップがなされている。そして、このくらいのボラティリティであれば、小売り電気事業者はどうにか事業を継続できている。英国などで小売り電気事業者の経営が破綻したのは、けた違いに市場価格が高騰したからだ。
そして、ある程度のボラティリティを要件とし、あるいは価格上昇の可能性を織り込みながら、たいがいの小売り電気事業者は、独自の料金メニュー、あるいはソリューションやサービスを提供している。市場連動料金と年間固定価格を組み合わせたプランや、プリペイド型の支払い方法、ボイラーのメンテナンスなどのサービスとのセット、集合住宅などの住民に向けた共用型の太陽光発電所であるコミュニティソーラー。省エネ家電の販売サイトをはじめとする省エネサービスなども展開している。
一般的な製造業においては、スマイルカーブが存在する。原料の調達から製造、小売りまでのバリューチェーンにおいて、もっとも付加価値が高いのが、核心となる技術やマーケティング・企画と小売りやアフターサービスだという。両端がもちあがっていることから、スマイルカーブといわれている。
もちろんすべてにあてはまるわけではない。かつての製造業は製造する部分の価値が高く、逆スマイルカーブだったものが、グローバル化によって製造の部分の付加価値が下がった。その点、電気事業はドメスティックであり、逆スマイルカーブのままだともいえるのかもしれない。
その上でなお、電気事業をスマイルカーブに進化させることはできなかったのだろうか。電気を安心して使ってもらう技術の開発や企画の立案、あるいはサービスの提供などは、できなかったのだろうか。
では、LPガス事業はどうなのだろうか。生き残るためには、将来を予測し、それに対応するためにスマイルカーブを進化させることが、これまで以上に求められるのではないだろうか。
連載28(2022.12.19)
ロシアによるウクライナ侵攻の憂鬱
今年の漢字は「戦」だという。確かに、サッカーのワールドカップでは日本の戦いは多くの人に感動を与えたし、個人的には村神様擁する東京ヤクルトが2年連続で優勝したことがうれしかった(日本シリーズでは負けちゃったけど)。
でも、それ以上に、ロシアのウクライナ侵攻(という戦争)は気を滅入らせるものだった。というか、打ちのめされた。ついでにいえば、防衛費の増額を進める岸田政権もどうかとは思うのだけど。それはさておいても、ウクライナ侵攻がエネルギー業界にも大きな影響を与えていることは、誰もが認めるところだろう。
筆者は、ロシアがこれほどの戦争を引き起こすとは考えていなかった。ゲーム理論的に考えれば、戦争することは、マイナスサムゲーム、すなわち全体の利益が減少することに他ならないからだ。グローバル化した経済においては、戦争は不合理な判断だ。この戦争によって、ロシアは天然資源の売り先を失うことになった。ロシア経済は資源の輸出への依存が大きく、この戦争はロシア経済の悪化をもたらす。
もっとも、この戦争の引き金を引いたのは、米国のバイデン政権だという可能性があるのではないか。ドイツとロシアの間の海底ガスパイプラインとして新設されたノルドストリーム2の運開に、米国は難色を示していた。というよりも、運開させなかった。ロシアとしては、気候変動対策が進み、天然ガスが売れなくなる前に、売れるものは売りたかったのだが、それができなくなったということだ。
また、ウクライナはロシアから欧州に向けた天然ガスパイプラインの要所でもあるが、ノルドストリーム2が運開すれば、ウクライナ依存が減少する。ロシアはウクライナへのガスの通行料を支払わなくてすむようになる。
こうしたロシアのシナリオが崩れたことが、今回の戦争の引き金の少なくともその1つになったのではないか、というのが筆者の仮説だ。
それでも、ロシアは戦争よりも経済を優先させるべきだったと思うし、その方が合理的だ。実際に、ドイツを含めた西欧諸国は冷戦時代から、旧ソ連から天然ガスを輸入してきた。政治と経済は別のように見ることもできるし、経済の相互依存が戦争を防ぐ役割を果たしてきたのではないかとも思う。
したがって、ドイツの天然ガスに対するロシア依存の高さを今さら批判すべきではない。
こうした関係は、米国と中国との間にも成り立っている。クリントン政権もオバマ政権も、中国との関係は決して悪くなかった。特にオバマ政権時代に、気候変動問題の交渉が米中間で進んだ背景には、中国と米国のそれぞれの市場へのアクセスの重視があった。
例えば、今でこそ中国は再エネ開発が盛んだし、電気自動車の生産台数も販売台数も世界トップだが、これらは米国市場にも向けられていた。米国もまた同様で、脱炭素技術や製品を中国市場に供給することが想定されていた。こうした産業をそれぞれの国で成長させるためには、気候変動枠組み条約は強いドライブとなる。
決して政治的に仲がいいというわけではない両国だが、経済的な相互依存を高めることができた。まさにプラスサムゲームとしての経済関係である。
こうした枠組みの中に、日本、韓国、台湾を入れておくことが、安全保障にもつながってくる。
もっとも、現在のバイデン政権は中国と距離を置いているし、中国も習近平国家主席は態度を硬化させている。
合理的に考えれば、戦争よりも経済の相互依存を高めつつ、緊張関係を融和していった方がいい。そうであるにもかかわらず、戦争が起きてしまったことが、筆者を憂鬱な気持ちにさせている。
もっとも、戦争は非合理であっても起こる。というのも、戦争は国どうしで考えるとマイナスサムゲームだが、それでも利益を得る人たちがいる。それが、政治家だ。
ロシアによる侵攻の引き金を引いたのは米国バイデン政権ではないか、という仮説を書いた。なぜバイデン政権にそうした理由があったのかといえば、強い態度をとる米国を国民に示すことで、支持率を上げようとしたのではないか、ということだ。
こうした政府の行動は、今にはじまったことではない。息子の方のブッシュ政権は9.11同時多発テロのあと、アフガニスタン戦争を開始した。確かにこのことで国民は統合されたが、米国は多くの戦費を使い、命を落とした兵士もいる。そしてそれ以上に、9.11よりも多くの人がこの戦争で亡くなっている。そしてこの戦争の結果として、米国は何も得ることができなかった。
米国だけではない。北朝鮮の行動もまた不合理なものだ。そして、ロシアのプーチン政権ですら、政権維持のために領土の拡大を目的とした、強いロシアを復活させるための戦争を開始した。
そしてその延長で、日本の岸田政権による防衛費GDP2%という提案もまた、強い日本の復活が政権維持につながるという錯誤によるものなのだろう。安倍政権であれば、もう少しうまくやったかもしれない(これは非肉)が、岸田政権では、単純に米国の武器を買うということが透けて見えてしまうから、身内からも批判されてしまう。
ここから学ぶことは、いろいろあるだろう。それこそ、何が合理的か、冷静に考える事や、経営者の保身のための経営戦略をとらないようにすること、国際社会が決して合理的な選択をしないという可能性を考えておくこと、など。来年に向けて、筆者もいろいろと考えてしまう。
連載27(2022.12.6)
インフラを担う覚悟
太陽光発電事業の中心が、FIT(固定価格買取制度)に対応した電源開発から、PPA(電力購入契約)にシフトしつつある。とはいえ、PPAはFITのようには儲からない。ファイナンスの面でも課題が多い。しかも、太陽光発電の適地は少なくなっており、開発そのものが簡単ではなくなっている。
それでも、PPA事業に参入する事業者は少なくない。
とはいえ、FITで利益を上げてきた太陽光発電事業者が、PPAを担うことができるのだろうか。おそらく、ほとんどの事業者は担うことができないのではないだろうか。EPCの事業者として、あるいはO&Mの事業者として生き残ることはできるだろう。しかし、PPA事業そのものを担うことは難しい。
実際に、FITで事業を拡大して上場も果たしてきた、ある大手再エネ企業は、現状をいえば、大手エネルギー企業が発注したPPA向けの太陽光発電所の開発に集中している。この会社はすでに、小売電気事業からも撤退しており、主体的な事業展開が難しくなっている感すらある。
もちろん、主体的にPPA事業を展開している会社もある。成功が約束されているわけではないにせよ、この業界で今後も存在感を示していくのではないだろうか。
今年11月に、「電力・ガス業界の動向とカラクリがよーくわかる本(第7版)」を刊行した。最初の版の刊行が2008年だったから、それから14年もたつことになる。とはいえ、実は筆者の業界に対する見方は当時から変わっていない。電力・ガス業界は、儲からない事業となっていくが、それでも安心して電気やガスを使ってもらうための重要な事業であることは変わらないということだ。インフラ事業であり、はたらく人にはその誇りを持って欲しいとも書いている。
旧一電に対して批判したいところは少なくないけれども、それでも、とりわけ現場で働く人たちのインフラを担うという気持ちはリスペクトしているし、新規参入の発電事業者や小売電気事業者の多くが至らない部分だと思う。
PPA事業は、需要側に長期の契約を求めるが、発電側も同様で長期にわたって電気を供給し続けることが求められる。FITによる発電所のように、転売、さらには投資目的での開発などは、PPAの性格上ふさわしくない。
PPA事業はそれほど儲かる事業ではない。もちろん、発電所を開発してSPCに売却し、一時的な利益を出すということはあるだろう。
同時に、PPA事業は持続可能な事業でもあるべきだ。安定した収入は適切なO&Mがあってはじめて成り立つ。
そして、現在のPPA事業の先にあるのは、10年後の2032年以降、卒FIT電源の運用というビジネスだ。卒FITの発電所はおそらく、コーポレートPPAないしユーティリティPPA(電気事業者向けPPA)として運用されるだろうし、またそうでなければ、何のために国民がFIT賦課金を支払い続けてきたのか、その意味が失われてしまう。
持続可能なPPA事業の先にあるのは、再エネ発電所を運用するインフラ企業の姿のはずだ。
これはLPガスに関係ない話だろうか。そうではないだろう。他のどのエネルギー会社よりも、お客様に近いところで、LPガス供給のインフラを担ってきたのが、LPガス会社なのだから。
そう思うと、LPガス会社は新規参入のエネルギー会社に簡単に駆逐されることはないだろう。
連載26(2022.11.14)
蓄電池事業は儲かるのか?
今年になって、注目が高まっているのが、系統用蓄電池事業である。
送配電網に連係し、電力卸取引市場(JEPX)のスポット市場の価格差を利用して利益を出すという事業である。JEPXのスポット市場は、太陽光発電が普及したために昼間は安く、夕方は高いという傾向がある。例えば、5円/kWhの電気を11時から3時間充電し、40円/kWhの電気を17時から3時間放電したら、1kWhあたり35円の粗利となる。
1日あたり、3000kWhの取引を行ない、1か月のうち価格差の大きい20日間運用すれば、210万円の粗利だ。年間で2520万円となる。
では、3000kWhの蓄電容量の蓄電池を整備すると、およそ3億円から4億円だろうか。そうすると、10年から15年くらいで投資回収できることになる。
もちろん、数字は仮定の話だ。実際に、JEPXのスポット市場のボラティリティは大きくなる傾向にある。年間の取引日数を増やせば、収益は増えるが、電池の劣化も早まるので、その見極めも重要だ。何より、JEPXのスポット市場の価格をどれだけ正確に予測し、札入れしていくかが、収益のカギとなってくる。
系統用蓄電池については、2022年度は政府の補助金が用意され、2023年度も予測されている。補助金によって、利益が確実視されることもあるだろう。
もちろん、補助金を否定するつもりはない。むしろ、系統用蓄電池が増加することで、太陽光発電の導入量が少しでも増え、需給ひっ迫が緩和されるのであれば、十分に社会的価値があるといえる。
系統用蓄電池が儲かるのかどうかは、事業者の判断と能力による。適切な蓄電池を選定し、工事費用や系統連系の費用を抑制できる場所を選定すること。あるいは日々の運用でどのくらいの利益を出せるのか。そして、こうした点で自信を持っている事業者が参入している。
北海道や九州など、再エネの導入割合が高いエリアに案件が集中している。こうしたエリアは日中のスポット市場が0.01円/kWhになることはめずらしくないし、夕方は30円/kWhから50円/kWhになることもある。北海道エリアではすでに、60件以上の案件が北海道電力ネットワークに殺到しているという。
系統用蓄電池事業は、FIT(固定価格買取制度)による太陽光発電事業と異なり、利益が約束された事業ではない。それでも事業を進めていくというのは、チャレンジャー精神があってのことだろう。そうでなく、他社もやっているから参入した、という会社もあるかもしれないが、それでもどのような事業にすればいいのか、きちんと学び、成功してほしいと思う。また、系統用蓄電池の普及拡大は、日本における再エネのさらなる拡大と電力の安定供給に不可欠なものなので、自信を持って推進してもらいたいと思う。
エネルギー事業のフロンティアがそこにあると思っている。
連載25(2022.11.1)
今年のCOP27のテーマはロスダメ
11月6日から2週間かけて、エジプトで気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)が開催される。といっても、日本での報道は少ない。交渉内容は単純ではないし、あまり関心が持たれないのではないだろうか。とはいえ、日本がこれから脱炭素に向かう上で、重要な会議であることは間違いない。
昨年、英国で開催されたCOP26は、カーボンクレジットをめぐる議論が1つの焦点となっていたので、多少なりとも関心が高かったかもしれない。日本政府は二国間クレジット制度を推進しているため、この議論にはかなり貢献したとされている。
では今年はどうなのか。
日本の関心が多少ともありそうなのが、グローバルストックテイクというテーマだろう。聞きなれない言葉だが、これは各国のCO2など温室効果ガスの削減目標を評価し、積み上げ、パリ協定の目標に合致しているかどうか、評価するしくみだ。結論を出すのはまだ先だが、今年6月の補助機関会合から議論がスタートしており、COPでの本格的な議論は今回が初めてとなる。
とはいえ、結論の方向は見えていて、そもそも削減量が大幅に不足しているので、目標の上積みが求められることになるだろう。2030年以降はますます厳しい削減が求められる。
重要なことは、こうした削減が各国の了解事項となることで、日本においても2030年以降の削減がさらに厳しいものになっていくということだ。
今回のCOP27は、途上国での開催ということもあって、途上国関連の議論が注目されている。そのひとつが、気候変動による損失と災害(ロス&ダメージ、通称ロスダメ)だ。
これまでの途上国に対する支援は、温室効果ガスの排出を削減していくための支援が中心だった。しかし、実際にすでに温暖化が進んでおり、大規模な台風が途上国を襲っている。それだけではなく、干ばつなども発生している。これらはひとえに、先進国が排出したCO2によるものだということだ。そのため、途上国は温室効果ガスの排出削減ではなく、すでに温暖化している気候に対する適応のための支援、そして実際に発生してしまった損失と災害に対する支援を求めている。
とはいえ、先進国も簡単に支援をコミットするわけにもいかず、合意は簡単ではないだろう。
それでも、世界はグローバルにつながっている。途上国に対する適切な支援がなければ、先進国につながるさまざまなサプライチェーンもまた、災害による損失を受けることになりかねない。
そうでなくとも、先進国は途上国に対し、毎年1000億ドルの資金を提供することをコミットしているにもかかわらず、いまだに達成していない。
日本ではなかなか関心が高まらないCOP27だが、世界がつながっていることを感じるためも、先進国の責任について考えるためにも、そして我々の未来を予測するためにも、今年は関心を持って報道を注視してはいかがだろうか。
連載24(2022.10.24)
激変緩和の補助金支給は正しい政策なのか?
今年1月から、ガソリンの急激な値上げを「緩和」するための補助金が元売りに支給されている。そのため、ガソリン価格は170円/L台にとどまっている。
気が付くと、日本は先進国の中でもガソリンが割安な国になっている。
値上がりしたのはガソリンだけではない。電気も都市ガスもLPガスも値上がりしている。仕入れ価格が上がるので、販売価格が上がるのはしかたがない。
そこで、岸田政権は、電気に対して補助金を支給するという。とはいえ、値上がりしているのは都市ガスやLPガスも同じなので、そちらにも補助金という話になるのではないだろうか。
とはいえ、具体的な支給方法が決まったわけではない。電気についても、小売電気事業者への支給であるとか、再エネ賦課金の削減だとか、託送料金の削減だとか、いろいろな案があるようだ。LPガスに支給するとしても、元売り、卸売り、小売りのどこを対象にするのか、といった議論はあるだろう。
でも、ちょっと待って欲しい。
ガソリンへの補助金がそもそも適切な政策だったのだろうか。確かに、ガソリンの価格は、輸送コストの上昇にもつながり、物価へと転嫁されていく。現在、さまざまなものが値上がりしている状況において、多少なりとも緩和する効果はあったのではないだろうか。
しかし、年内だけで3兆円の政府支出となる。それ以上に、ガソリン価格値上がりを抑制することで、変わるべき既存産業の変化を遅らせることになる。脱炭素社会に向けて事業内容の変化を進めている石油産業の、その変化を遅らせてしまうということは、海外の石油産業から遅れをとることにつながってしまう。電気自動車へのシフトを進めなければいけない自動車産業も同様だ。電気代も値上がりしているとはいえ、それでも補助金がなければガソリンはそれ以上に値上がりしていたはずだ。そうだとしたら、3兆円の一部は、充電インフラの整備に使った方が効果的だったのではないかという疑問が残る。
もちろん、物価の値上がりは生活を直撃する。だとしたら、その点を緩和するための政策を考えるべきだったのではないか。流通コストの上昇を抑制するためにはどうすればいいのか。あるいは、低所得者をいかに守っていくのか、ということも重要だろう。
あえて燃費の悪い自動車のユーザーには、燃費のいい自動車に乗り換えてもらいたいものだ。
電気についても同様に考えたらいい。生産コストの上昇の抑制のためにどうすればいいのか。おそらく、補助金ではなく、再エネ導入支援ということになるのではないか。
低所得者対策としては、三段階料金となっている規制料金の、とりわけ1段目の値上げの抑制と2段目の値上げの緩和くらいでいいのではないか。電気料金が高くなれば、節電のモチベーションは高まる。そうでなくとも、今年の冬は節電ポイントという制度を導入することになっている。1割の節電は1割の値上げ抑制と等価だ。
LPガスについても、補助金が支給される可能性はあるだろうが、そこで事業の変化を遅らせてはいけないだろう。ガスが高いからこそ、まだエコジョーズを導入していない世帯に更新をおすすめすればいい。住宅用太陽光発電や太陽熱温水器のメリットも相対的に高いものになる。また、それらは一時的な補助ではなく、お客様の光熱費を削減するストックともなる。
欧州では、ガソリン代だけではなく、電気代やガス代も日本とは比較にならないほどの値上がりとなっている。一か月の光熱費が10万円を超すこともあるだろう。さすがに、多少なりとも価格抑制の政策はとっている。しかし、そうした中にあっても、単純に抑制するだけではなく、エネルギーの効率化を促すようなアプローチをとっている。すこしでも早く脱炭素化を実施し、あるいはEV化を進めることで、日本以上に深刻な危機を乗り切り、脱炭素社会のリーダーになろうとしているのではないか。
そのように考えると、政府の補助金支給は、後に何も残らないということだけでも、決してほめられた政策ではないといえるだろう。
連載23(2022.10.6)
「まだ早い」と思えることは「早くない」
筆者が都市ガス業界誌に電気事業についてのコラムを書き始めたのは、遅くとも2010年代初めだったと思う。2016年の電力小売り全面自由化はずっと先の話だった。当時、編集部からも、そこまで書いていいのか、というような見方もあると言われていた。でも、けっこう、受け入れられていたと思う。今ではすっかり、ガス事業において電気事業への取組みはあたりまえのものとなっている。
PPAについても、今でこそあちこちで案件が立ち上がっているが、米国の再エネ事業の主流がPPAであることは、5年前には報告していた。
今では誰も憶えていないかもしれないRPS制度の米国の状況についての記事は、90年代に書いていた、ということも思い出した。
最近は、シェアリング型のバーチャルPPAについて話している。バーチャルPPAそのものがまだ日本で話題になったばかりなのだけれど。
こういうことを書いて、自慢したいわけではない。先取りしすぎると、記事だろうが実業だろうが、なかなか受け入れられない。それに、エネルギーIoTの事業に関わったこともあるけれど、これは定着しなかった。このように外すこともある。
それでも、「まだ早い」と思っていることは、たいがいは「もう早くはない」。PPAをとってみても、現状はまだ屋根上型太陽光発電が主流だ。その次に駐車場型や隣接地型がくるのだろう。オフサイトPPAはさらにその先だし、バーチャルPPAが一般化するのはあと何年も待つのではないだろうか。けれども、事業所の再エネ利用は今後、こうした形で拡大していくだろう。その間、さまざまな課題が出てきては、解決されたりされなかったりする。それは、バーチャルPPAを効果的なものにするFIPの運用だったり、蓄電池に関する技術の向上やコストダウンだったりする。
「まだ早い」と思っているということは、準備の時間があるということだ。次にくるビジネスというのは、確実にニーズがあるから予想ができるということでもある。
屋根上PPAだけでは事業所の再エネ需要が満たせないのであれば、いずれはオフサイトPPAが必要になる。そのニーズに応える準備をしておくということである。そうしなければ、過当競争に巻き込まれることになる。
もちろん、市場ができていないのに、先駆的な事業に全面的にシフトしていくことはリスクが大きい。屋根上PPAをやめる必要はないということだ。
PPAだけの話ではない。例えばDX関連も同様だろう。既存事業で確実に収益を上げつつ、次の事業を育てるということだ。「まだ早い」と思われる事業をどのように育てていくのか。情報を収集し、計画を立て、市場が追い付くのを待てばいい。
日本の自動車業界は電気自動車について「まだ早い」と判断した結果、今ではすっかり世界の流れから取り残されている。準備すらまともにしていなかったのだ。LPガス業界が同じ轍を踏まないようにしていただきたい。
いずれにせよ、現在の事業が永遠に続くわけでではなく、これまでがそうであったように、これからも変化していくのだから。
連載22(2022.9.20)
MMT(現代貨幣理論)というパラダイムシフト
MMTという言葉を聞いたことがあるだろうか。「通貨を発行できる政府にとって、財政赤字は問題ではない」という考え方で知られる経済理論だ。
日本は他の先進諸国と比較しても、財政赤字が極端に大きく、1,000兆円を超え、対GDP比では2.5倍に達する。国民1人あたりの借金は800万円を超える、と表現されている。そのため、財政の均衡が必要であり、財政赤字の状況では、緊縮財政にすべきだという意見がある。
でも、お金は中央銀行が印刷し、それで国債を買えば、政府はいくらでも供給できるので、問題ない、ということが、MMTの考え方だ。
財政における一般的な考え方は、行政府は税金を集め、これを予算として使っていくことになり、収支のバランスがとれていることが必要ということだ。これは、自治体の財政や通貨を発行しないEU諸国についてはあてはまることだ。
このことは、通貨を発行する日本や米国、英国政府についても同様だと考えられてきた。通貨を過剰に発行すれば、通貨の価値が下がる。すなわちインフレが起こるため、収支のバランスをとるべきである、と。
また、実際に通貨を発行している一部の途上国は、過剰に通貨を発行したことによって、ハイパーインフレが発生したということもある。2000年代のジンバブエにおけるハイパーインフレは、よく知られている。
こうしたことから、日本の財政赤字が、将来のハイパーインフレにつながるのではないか、と心配する人もいる。
中央銀行は、インフレを抑制するために、通貨の価値を守る役目があるとされている。そのための金融政策をとっている。とはいえ、日本はずっとデフレ状況にあったため、通貨供給量を増やしてきた。金利を下げた上、国債を買い入れることで、市中の通貨が増える。その結果として、デフレが抑制される。
インフレを抑制するのであれば、金利を引き上げ、通貨の供給量を減らせばいい。通貨の希少性が高まり、価値が上がることになる。
ところが、最近の主流の経済学では、ポール・クルーグマンなどが主張するように、景気がいいときにはマイルドなインフレになっているという。そこで、2%程度のインフレを目標として、金融政策をとっていくことが、中央銀行に求められる。実際に、日本銀行も2%のインフレを目標に、通貨供給量を増やしてきた。そして政府は国債を発行し、支出を増やしてきた。ただし、つい最近まで、デフレを脱却できなかったことは、ご存じの通りだ。
問題は、インフレの目標を設定し、通貨供給量を増やし、国債を買い入れたにもかかわらず、それでも財政赤字の拡大を極力防ぐために、社会保障や教育などの予算が十分に確保されてはいなかったということだ。特に日本の場合、低所得者対策の不十分さと教育予算の削減が目立つ。さらに、コロナ危機にあたって、人々の暮らしを守るための予算措置が十分にとられたといは言い難い。
MMTの通りに対応するのであれば、財政赤字を気にするのではなく、暮らしを守るために予算を執行すべきだということになる。
財政赤字が大幅に拡大すれば、ハイパーインフレが起こるリスクが高まる、というのが従来の経済学者の考えだ。クルーグマンもこの立場をとる。
一方、MMTはこの立場をとらない。問題なのは財政赤字ではなく、インフレが抑制できなくなることだ。そのため、MMTにおいても、財政赤字を無限に拡大することができるとはしていない。そして、インフレ抑制のために使えるのは、金利の操作や通貨供給量だけではなく、税制も含まれる。適切な税制によって、インフレが抑制されるということだ。お金があるところから税をとるというのは、そういうことだ。同時に、予算をどこに支出するかも重要だ。必要なところにお金をまわすのであれば、経済は循環する。そうでないのであれば、お金はストックされてしまう。
よく、MMTは実証されていないからリスクがあるという言い方がなされる。これに対し、日本政府は極端な赤字財政になっても、デフレを脱却できなかったという反論がなされる。
確かに、これまでの日本は、財政赤字を拡大したのに、極端なインフレにならなかった。現時点こそインフレだが、これは日本だけの話ではないし、欧米よりもインフレ率は低くなっている。
ただし、日本のこれまでの財政赤字拡大の結果が、MMTの正しさを証明するのかどうかは、ちょっと別の問題だ。
筆者の理解では、MMTというのは、経済と財政が一体となった理論だ。かつての金本位制では、ドルの価値は金の価値とリンクしていた。しかし現在はそうではない。そうであるにもかかわらず、経済理論においては、通貨の価値は絶対的なものだとされてきたのではないだろうか。だから、通貨の価値を守ろうとするし、自国の通貨が安くなることが問題だとされてしまう。財政赤字は回避されるべきものだとされてしまう。
しかし、MMTが重視するのはそこではない。通貨の価値は相対的なものでしかなく、税制、支出とセットとなり、「豊かさを再配分する」しくみだ。
こう考えて欲しい。日本という国の中だけを考えても、人々が豊かになれる生産力は十分にある。問題は、それがいきわたらないことだ。したがって、そこで通貨を供給し、円滑に再配分できるようにする。適切な税制の導入によって、通貨の価値を維持し(再配分のため)、必要とするところに配分されるように、予算を立案し、執行していく。
社会福祉も教育も公共事業も必要なものに対しては「税収がないから」という言い訳をせずに、必要とする人に供給し、税収はそのしくみを維持するために後からついてくる。
日本がMMTを実証していると限らないのは、中央銀行がいくら通貨を供給しても、財政政策がゆがんでいたため、必要なところに豊かさがまわらず、消費が喚起されなかったため、デフレが続いた結果だからだ。20年以上も名目賃金が上がらないという異常な状況にあれば、インフレなど起こりようもないし、結果としてMMTとは異なる状況を作りだしている。
MMTがいいのは、かつての「軍事費をけずって社会保障費を」という主張をしなくてすむことだ。先に「社会保障費」を確保し、その後で問題があれば対応すればいい。
結果として、マイルドなインフレが起こったとしよう。インフレは通貨の価値を下げることになる。でもこれは、通貨をたくさん持っている人にとって、価値がうばわれるということになり、税と同じ働きをすることになる。
MMTにおけるパラダイムシフトは、軸足を「お金をまわす」ことではなく、「豊かさを再配分すること」に置いていることだ。通貨は主役ではない。
現実的な話として、日本だけではなく、欧米の各国もコロナ危機で財政赤字が拡大し、今後はエネルギー価格高騰が赤字をさらに拡大させるだろう。その結果として、財政規律のあり方を見直さざるを得ないはずだ。
エネルギー業界は目の前の脱炭素という大きな変化の中にある。しかし、経済に目を向けると、通貨や財政のあり方のパラダイムシフトも近いような気がする。
連載21(2022.9.6)
カーボン見える化ブーム
8月31日から9月2日にかけて、幕張メッセで太陽光発電や風力発電、脱炭素経営やスマートグリッドなどをテーマとした展示会が開催された。筆者が所属するafterFITも駐車場向け太陽光発電にフォーカスして出展させていただいた。お客様には足を運んでいただき、お立ち寄りいただいたので感謝したい。
さて、展示会は春に開催されたものと比較すると、規模はかなり小さいものとなった。さすがに出展は年に一度でいいと思っている事業者が多いのだろう。とはいえ、いくつかの発見もあった。
なんといっても今回は、炭素の「見える化」に関する展示が多かったということはいえるだろう。4月に東証が再編され、東証一部のかわりにプライム市場となり、気候変動対策の情報公開が求められるようになったということが大きいのだろう。今回は再編後の初のEXPOとなったということになる。
炭素の見える化といっても、ピンとこない人もいるかもしれない。どういうものかというと、会計と同じように、あるいは省エネ法対策と同じように、自社が排出するCO2を記録し、削減する努力をしていくというということだ。排出量がわからなければ、どのくらい削減したかもわからない。
事業所から直接排出するCO2の量は、比較的わかりやすい。消費したガソリンや軽油の、都市ガスやLPガスの量は会計ともつながっている。電気については、消費電力量と契約している電力会社のCO2排出係数がわかれば、これもすぐに計算できる。
けれども、各社が知恵をしぼっているのはそこではない。サプライチェーンと製品のライフサイクルでのCO2排出量の算定だ。これは本当に苦労している。
例えば、サプライチェーンを担う会社からCO2排出量の情報を受け取るというケース。システムをつなげばできることだけど、サプライチェーンをになう中小企業にとって負担は大きいだろう。
製品に対して基準となる数値を当てはめるケースもある。この場合、削減努力のインセンティブをどのようにはたらかせるのだろうか。
もちろん、通勤や出張によるCO2の排出量の計算も必要だ。
現実には、一部の大手企業を除けば、CO2排出に今すぐとりくもうという経営者は少ないだろう。プライム市場に対応するといっても、最初にやることは、ガバナンス、つまり会社の組織として地球温暖化に誰が関わるのか、ということだ。
それでも、中小企業が地球温暖化対策に取り組まなくてはいけない時代が足元にきている、ということもいえるだろう。B2B取引において、CO2排出量の開示を求められるということも、当たり前になっていくのではないだろうか。
食品の原材料やカロリーが示されるように、CO2排出量が示される時代がくるということもあるだろう。
一方、来場者としては、金融機関の方から相談をうけることがめだった。法人営業をしている金融パーソンは、脱炭素の相談をうけることが多くなっており、提案できる方策を探している、ということだ。やはり、経営者のマインドの方も、まだまだという面がある一方で、確実に脱炭素は高まっている、ともいえるだろう。わかっている人はわかっている、といえばいいのだろうか。
地球温暖化対策は、グローバルな中で、複雑な状況になっている。短期的に石炭需要がふえつつも、短期的な開発が可能な米国のシェールガスを除くと、投資はむしろ再エネに向かう。ESG投資といっても、化石燃料企業が大きな収益をあげており、ESG銘柄が相対的に低い評価となってしまっているにもかかわらず、ここを乗り切ることができないと、持続可能な投資はできなくなってくる。
足元に注意しながら、遠くを見る、そういった経営が必要にもなっているのだろう。
連載20(2022.8.15)
核融合炉と宇宙太陽光発電
このところ、核融合炉と宇宙太陽光発電について、続けて記事を書く機会があった。いずれも、夢物語のような発電技術ではあるが、同時に、かなりまじめに研究開発もなされていて、それなりに資金もつぎ込まれている。2050年以降の実用化ということになりそうなので、遠い話のような気がするが、28年後と思うと、そうでもないかもしれない。2050年カーボンニュートラルと同じような感覚だろうか。
核融合炉も太陽光宇宙発電も、アイデアそのものはけっこう古い。
核融合に関しては、そもそも1920年代にはその事象が発見されている。水素原子どうしが融合してヘリウム原子になるときに、莫大なエネルギーが発生するというもので、太陽のエネルギーも核融合によるものだ。
核反応といえば、もう1つ、核分裂がある。こちらは、ウラン原子に中性子がぶつかって、2つの原子に分裂するときに、莫大なエネルギーが出るというものだ。
兵器という文脈でもれば、核分裂は原子爆弾であり、核分裂は水素爆弾ということになる。そして、質量あたりのエネルギーでいえば、核分裂よりも核融合の方が圧倒的に大きい。
宇宙太陽光発電はもう少し歴史が新しいが、1950年代に人工衛星が打ち上げられた時点で、こうしたアイデアが出ており、1968年には概念をまとめた論文が発表されている。
巨大なテクノロジーの分野は、しばしば実用化までに時間がかかる。似たようなものとしては、リニアモーターカーがある。現在、ようやく建設中までこぎつけたところだ。進化の袋小路に入ってしまうものもある。超音速旅客機がその例だ。
そのように考えていくと、核融合炉も宇宙太陽光発電も長い時間がかかっていることはうなずける。そして、それが進化の袋小路に入ってしまう可能性も否定できない。
とはいえ、核融合炉についていえば、近年は投資額が増えており、スタートアップもいくつも誕生している。もちろん、カーボンニュートラルを実現するための重要な技術の1つとして考えられているということが、背景にある。
原子力発電の場合、放射性物質の取り扱いこそ簡単ではないが、構造的にはシンプルだ。核分裂するウラン燃料で直接お湯を沸かして、蒸気タービンを回し、発電するというものだ。
その点、核融合炉では水素の同位体である重水素と三重水素(トリチウム)が燃料として使われる。いずれも常温では気体であり、反応させるためには極めて高い温度が必要となる。その時点で、プラズマとなり、そのままでは容器に閉じ込めることさえできない。
そこで、核融合炉では電磁石で磁界をつくり、その中に重水素と三重水素のプラズマを閉じ込め、核融合反応させる。このときに、ヘリウムができて、中性子が飛び出す。
核融合のエネルギーを回収するしくみは、核融合による熱ではなく、飛び出した中性子が炉壁に衝突することで発熱し、この熱でお湯をつくって蒸気タービンを回すことになる。ここまでくれば、あとは原子力発電と同じしくみだ。
核融合炉の開発にあたっての最大の課題は、核融合を起こす重水素と三重水素のプラズマをいかに閉じ込め、核融合反応を持続させるか、そしてそのエネルギーを取り出すかだ。とりあえず、短時間ではあるが、核融合反応を持続させることには成功している。そして現在は、実証炉がフランスで建設が進められている。
ところで、核融合炉の燃料である重水素は海水中に多量に含まれており、資源量は問題ない。一方、三重水素については、リチウムに中性子をあててつくるとされている。リチウムもまた、海水中に多く含まれているので、資源量として問題なく、7万年分のエネルギーを供給できるともいわれている。
とはいえ、正直なところ、リチウムから三重水素をつくることには疑問がないわけではない。核融合燃料をつくるプラントも簡単ではないだろう。
その一方で、三重水素そのものは放射性物質でもあり、廃棄処分が問題となっている。言うまでもなく、福島第一原発の汚染水だ。ここに含まれる放射性物質は主に三重水素(トリチウム)なのだが、これを取り出して核融合炉で使うということは考えられていない。
もう1つ、懸念されるのは、核融合炉で放出される中性子だ。中性子線は透過率が高いため、遮蔽も簡単ではない。1999年の東海臨界事故は、中性子線による被ばくが2名の作業員の命をうばった。
もちろん、開発の従事する技術者は、こうしたリスクを理解した上で、安全でカーボンゼロのエネルギーをつくるつもりである。
宇宙太陽光発電は、宇宙空間の静止軌道上に太陽光発電を打ち上げ、エネルギーをマイクロ波という電波にして地上に送るというものだ。宇宙には夜がないので、ほぼ24時間発電できる。たくさん打ち上げることができれば、こちらもカーボンゼロのエネルギーをたくさん作りだすことができる。
課題となる技術は大きく2つ。1つは巨大な構造物を宇宙に打ち上げて組み立てるためのコストが莫大なことだ。コストを50分の1に下げる必要がある。ただし、この技術開発は宇宙太陽光発電に限ったものとはならない。
もう1つは、マイクロ波による送電効率の向上だ。現在は地上でさまざまな実験が行われているが、50m程度でも、1割くらいのエネルギーしか遅れていない。
それでも、中国は太陽光発電の電気をマイクロ波で送電する実験に成功しており、2028年には最初の衛星を打ち上げるという。
日本なども2030年代には同様に実証衛星を打ち上げる方針だ。
ただ、実際には地上でマイクロ波を受け取る設備には広い面積が必要となるし、そもそも打ち上げコストの低減は簡単ではないだろう。
それでも、宇宙太陽光発電もまた、カーボンゼロのエネルギーの重要なオプションとして研究が進められている。
核融合炉や宇宙太陽光発電がエネルギー問題を確実に解決するわけではないが、可能性がないわけでもない。落とし穴も少なくない。この他にもさまざまな技術の開発が進められており、あるものは実用化され、あるものは棄却されるだろう。
同じことは、メタネーションやプロパネーション、CCUSやDAC(二酸化炭素直接回収)についてもいえる。
技術に対して、過剰な期待も安易な否定も避けるべきなのだと思う。その上で、どこかの時点では答えが出るはずだ。私たちは、冷静に可能性を見ながら、リスクを判断し、可能性の海を泳いでいくことになる。そうした中で、将来の夢を語ってもいいのではないか、とも思うのである。
連載19(2022.8.1)
持続可能であるということ
先日、日本語学校で「SDGs」をテーマにした講義を行なった。
エネルギー業界人向けのセミナーの講師は何度も経験あるが、留学生、それも若い人たちに対する講義というのは、貴重な経験だったといえるだろう。
短い時間の中で、SDGsについてどんな話をすればいいのか、それをまず考えた。SDGs全般、17のテーマを紹介しても表面的になってしまう。そこで、最初は気候変動問題にフォーカスすることを考えた。もちろん、筆者の専門がエネルギーであるゆえに、気候変動についてはいくらでも説明できる。また、社会の関心が高いテーマでもある。
けれども、講義の内容を検討していくうえで、かえって専門的な話になりがちであることに気づいた。それに、気候変動問題だけがSDGsのテーマではないし、留学生にとっては、もっと身近なテーマもあるのではないか、と考え直した。
SDGsは、日本語に直すと「持続可能な開発の目標」ということになる。
「開発」はわかりやすい。人々が豊かに暮らしていくためには、まだまだ開発すべきことがある。インフラの開発というイメージが強いかもしれないが、教育のような人の能力の開発もある。
一方、「持続可能」というのはわかりにくい。というか、日常は使わない言葉だ。これをやさしく言い換えると、「何かをし続けられる」ということになる。
では、どんなものが持続可能であり、あるいはそうではないのか。気候変動問題をこの文脈で話すとすれば、二酸化炭素を出し続けることはできない、ということになる。
魚を獲りすぎるということは続けられないし、森林を牧場にし続けることもできない。
SDGsにおいては、「誰もが当事者である」ということ、そして「誰一人取り残さないこと」も重要だ。では、私たちは当事者として何をすればいいのか。
「レジ袋やプラスチックのスプーン・フォークをもらわない」、「照明をこまめに消す」、「牛肉を食べるのは控える」など、身近にできることはたくさんある。でも、それだけでSDGsが達成されるわけではない。若い世代にはもっと考えるべきことがある。
ヒントとなるのは、「持続可能ではない事業」には、銀行をはじめ機関投資家はお金を貸してくれなくなりつつある、ということだ。いわゆるESG投資だが、それは何も環境や社会をよりよいものにする、というだけではない。環境や社会に害を与える事業への投資は、長期的には投資回収ができなくなる、ということだ。
つまり、これから若い人たちは、持続可能な事業に関係する仕事をしていく方がいいということである。そして、SDGsに取り組むという点では、こうした視点で考えることの方が、よほど社会への影響が大きいのではないだろうか。
講義は45分×2コマで構成されている。最初の1コマで、「持続可能であること」を中心にSDGsのポイントを解説し、ワークショップでは身近なこととして、「持続可能なこと」と「持続可能ではないこと」を討論してもらった。母国での環境破壊を語る学生もいた。
後半は、SDGsにそってどんな取り組みができるのか、そのアウトラインを話した。持続可能な事業の例や、今の事業が持続可能であるためにすべきことを例示した。例えば、今の会社においても、取締役や管理職は「中高年の男性」ばかりではなく、「女性」や「外国人」の割合を増やすこと。事業環境の変化に対して、多様性を持った組織の方が耐性は強い。
働き方や地域住民とのパートナーシップなども、持続可能であるためには必要だ。地元とトラブルを起こすメガソーラー開発が持続可能ではないのは言うまでもない。
そして、ワークショップとして、「将来、どのような持続可能な仕事をしたいのか」ということを話し合ってもらった。
気候変動問題の国際交渉では、「共通だが差異ある責任」という言葉が使われる。それは、先進国と途上国の間で、どちらも責任あるが、先進国がより重い責任を持つということを意味している。しかし近年は、世代間にも「共通だが差異ある責任」があることが認識されている。年長の世代の方がより重い責任を持っている。
そうした責任の重さを感じながら、若い世代に何を伝えるべきなのかを考えて、講義を行なった。
慣れない講義だったので、どこまで伝わったのか、その点では不安は残る。それでも、筆者にとってもまた、貴重な経験となった。
連載18(2022.7.21)
守りよりも攻めが重要-参議院議員選挙と若者の投票行動
7月10日投開票の参議院議員選挙が行われた。選挙結果はいろいろな見方があると思う。ただ、イデオロギー的なことを別にして、結果を通じてあらためて感じたことを書いておきたい。
単純に言えば、「守る」政党は凋落し、「攻める」政党が票を伸ばした、ということだ。
例えば、「護憲」勢力はなぜ伸びなかったのか。そもそも、有権者は日本国憲法にさほど興味がないということはさておいて。「護憲」勢力の多くは、憲法第9条を守るということを中心に置いていた。確かに、戦争をしないほうがいい。けれども、それだけで若い世代が直面する困難さが解決できるわけではない。
日本国憲法で第9条と同じようによく語られるのが、第25条だ。いわゆる「健康で文化的な最低限度の生活をする権利」である。この第25条を中心とした第3章の部分が、「基本的人権」を規定している。
憲法第9条からなる第2章と、基本的人権について書かれた第3章では、置かれている状況が異なっている。というのも、70年以上もの間、日本は戦争をしなかったけれども、基本的人権が守られてきたとはとうてい言えないからだ。いわゆるブラック校則の問題や、国別比較で100位以下で低迷するジェンダー平等性がその証左だ。
若い世代が直面する困難さは、この第3章がいまだに十分に守られていないことに関係している。
このように見ていくと、第9条を守ろうという「護憲」勢力は票を伸ばせず、第3章を実現しようという攻めの姿勢の「護憲」勢力が票をのばしたように見える。
その点、「改憲」勢力はそもそも攻めの姿勢なので、議席を守ったのも当然なのだろう。
このことは、かつて安倍政権が長期政権となったことにも通底している。安倍政権の目玉は「アベノミクス」だったが、あまり効果的な批判はなされなかった。ある程度は成功していた部分があるだけに、全否定に説得力がなかった。
アベノミクスの3本の矢というのは、「金融戦略」「財政戦略」「成長戦略」だった。このうち日本銀行が担っていた「金融戦略」では、市場にお金を供給したことで、まがりなりにも経済がまわっていたといえる。しかし政府が担っていた「財政戦略」は、供給されたお金をお友達に配ることに終始してしまい、隅々にいきわたることはなかった。アベノミクスが批判される点はここにある。さらに言えば、「成長戦略」には中味がなかった。
アベノミクスの問題をもっともよく見抜いていたのは、ほかならぬ岸田首相である。だからこそ、「新しい資本主義」を打ち出し、「再分配」をすすめようとした。つまり、野党以上に明確に「アベノミクス」の対案を示したということだ(もっとも、最近はすっかりトーンダウンしているが)。
参議院議員選挙の結果を通じて感じたことというのは、「守り」より「攻め」が人の心をつかむということだ。
「戦争のない日本」を守るよりも、「誰もが健康で文化的な生活ができる豊かな日本」を作る「攻め」が強く求められるということでもある。
もう少し普遍的に言えば、「現状を守る」よりも「未来を構想し、実現する」方が市場では優位ということでもある。
もちろん、「現状を守る」ことを言葉にするのはたやすい。それに対して、「未来を構想する」ことは、多くの知見を動員しなければいけないし、利害対立も出てくる。それでも、生き残るためには「攻め」が必要だ。それは政党でも企業でも同じことではないだろうか。
連載17(2022.7.13)
カーボンクレジット市場の過熱に惑わされてはいけない
ここしばらく、いくつかの会社からカーボンクレジットについて教えて欲しいという問合せを受けている。実際に、カーボンクレジットの取引は活発化しているようだ。その背景には、手軽にCO2排出量を削減したいという大手企業の思惑がある。また、そこにビジネスチャンスがあるのではないか、と考える企業もある。
LPガス業界においても、カーボンニュートラル(CN)LPガスの供給にあたっては、こうしたクレジットが利用されている。
一方、カーボンクレジットの信頼性が問われるようになってきてもいる。とりわけ、森林保全や植林関連のクレジットの場合、問題を抱えたケースが多い。
森林を保全し、植物が適切に育つのであれば、確かにCO2を吸収してくれる。それが適切に評価され、第三者認証を得ることで、カーボンクレジットが発行される。
しかし、せっかく保全した森林や植林が放棄されてしまえば、CO2吸収は進まないし、場合によってはCO2排出源ともなる。カーボンクレジットを発行した後に、森林保全事業がストップしてしまえば、実質的にCO2は吸収されなかったということにもなる。
さらに、森林保全・植林の場合、カーボンクレジットの発行対象から外そうという動きもある。どういうことかというと、一部の環境NGOが主張しているのは、生物多様性の保全が優先されるということだ。適切な森林保全は生物多様性も保全する。そうであれば、カーボンクレジットとは別の形で評価されるべきだということだ。
逆に、生態系を無視して成長の早い樹種を植林してしまえば、CO2は吸収されるが、生態系は破壊されるということにもなる。
カーボンクレジットにはもう1つ課題がある。それは、パリ協定との整合性だ。
現時点で発行されている国際的なクレジットは、基本的にはパリ協定における国別のCO2排出削減目標の達成に使えないと考えていい。つまり、日本の事業者がカーボンクレジットを使ってCO2排出を削減しても、日本のCO2排出削減には貢献していないということになる。その点、J-クレジットなど国内クレジットは、日本のCO2排出削減と明確にリンクしているので、パリ協定と整合していると考えていい。
なお、こうした状況であっても、後述するように、国際的なカーボンクレジットの利用が無意味なわけではない。
パリ協定の第6条に、カーボンクレジットに関する取り決めがある。とはいえ、このしくみの詳細はこれからつくられることになっている。例えば、先進国が途上国でCO2排出を削減したときの認証機関はどうするのか、といったことだ。そうした意味においても、パリ協定との整合性はこれから構築される、ということになる。
それでも、カーボンクレジットを通じたCO2排出削減には、経済的合理性がある。CO2排出を削減しやすいところから実施していく、ということになるからだ。よく言われるのは、省エネが進んでいるところでさらに省エネするよりも、省エネが進んでいないとことで進めた方が、CO2排出削減のコストは小さい、ということだ。再エネ導入についても、導入コストが小さいところから優先して行っていくということが合理的である。
では、今後、どのようにカーボンクレジットとつきあっていけばいいのだろうか。
第1に、カーボンクレジットの信頼性の確保だ。信頼性は透明性と言い換えてもいいだろう。どの場所で、どのような事業を実施し、その結果として発行されたクレジットである、ということが明確にわかることが必要だ。また、森林保全や植林の場合は、継続的なレポートが求められる。
第2に、そうはいってもパリ協定と整合性のない現在の国際的なクレジットは一時的なものだと考えるべきだ。今後、パリ協定と整合性あるクレジットの発行がなされていくだろう。日本が実施している二国間クレジットがそうしたクレジットとなっていく見込みだ。将来にむけた準備や情報収集をしておくことは無駄ではない。
第3に、一般消費者のCO2排出削減という「気持ち」に応えていくには、透明性を持つクレジットが不可欠だ。まさに、どこでどのようにしてCO2排出を削減しているのか、一般消費者がCO2排出削減にどのように貢献しているのか、こうしたことを「見える化」した上で、提供していくことになる。
パリ協定と整合性があるカーボンクレジットが発行されるようになったとしても、クレジットビジネスはせいぜい2040年までだろう。カーボンゼロがあたりまえの社会になると、CO2排出そのものが認められなくなり、クレジットが発行できなくなっていくからだ。そうしたときに、唯一発行可能なのは、大気中からCO2を除去するようなカーボンマイナスの事業からのクレジット発行ということになる。
こうした視野を持って、カーボンクレジットと上手に付き合っていくことが必要だ。
何となく、過熱しているようなカーボンクレジットビジネスだが、冷静に、長期的視野を持って対応していくことが求められる。
連載16(2022.6.22)
現実を見ないことが原子力の問題
原子力というと、何となく「賛成」か「反対」かというイデオロギー的な問題というイメージがある。けれども、日本の原子力が直面しているのは、そうした問題ではなく、いかに安全に再稼働させ、あるいはコスト効率的な運用に着陸させていくのか、ということだ。
6月20日現在でも、電力の市場価格は高止まりしており、7月から8月にかけて需給のひっ迫が予想されている。そのため、原子力の再稼働を望む声は少なくない。けれども、原子力は「可能なものは再稼働させる」ことですでに決着している。
原子力の再稼働が進まない問題を、イデオロギーの問題に転換させてしまうことで、本質的な問題を見ないようにしている、というのが実情だ。
そして、「見たくない現実は見ない」ということが、日本社会における最大の問題ではないだろうか。
原子力の再稼働が進まないのは、日本において「安全に原子力発電所を運転する」ことに、手間がかかるからだ。つい先日も、石川県の珠洲市の近くで震度6弱の地震があった。珠洲市はかつて原子力発電所の計画があった場所だ。かように、地震の多い国土で原子力発電所を運転するためには、活断層の調査から災害時の対応のための施設の整備、十分な耐震性能、運転管理の適正化、災害時の避難計画の策定など実施すべきことは多い。
対テロ対策の必要だ。米国の9.11同時多発テロでは、1機はピッツバーグの原発を目指していたが、途中で撃墜されたといわれている。
原子力の再稼働は、調査、計画策定、審査、工事などがすんでからということになるし、そのためには多くの時間がかかっている。それが現実だ。反対運動や国民の感情で再稼働できていないというわけではない。また、原子力規制委員会も「安全に原子力発電所を運転」してもらうために、最大限の努力をしているはずだ。
結局のところ、日本で原子力を推進したい人たちの実力が、ここまでなのだ。
日本社会には、このように見たくない現実から目をそらすことは少なくない。
例えば、2000年代の産業界における京都議定書への評価は「米国も中国も参加していないのに、日本だけがCO2排出削減をするのは意味がない」ということだった。しかし2008年にオバマ政権が誕生した時期は、米国も中国もCO2排出削減に前向きに取り組んでおり、日本だけが削減に後ろ向きだった。そこで日本は気候変動問題をめぐる国際社会から取り残されていった。
何も環境やエネルギーだけではない。少子化も同様だ。若い世代の賃金が伸びず、とりわけ女性の雇用環境が変化しないのでは、出産に対する機会費用は高まるばかりだ。子供を持つと豊かに暮らせなくなる、という現実を誰も見ない。その結果、何の対策もとられることなく、出生数は下がる一方だ。
同じことは、教師が不足しても増やされない文教予算、働き手が減少しても受け入れない移民、身近にスポーツを楽しめる環境の整備を差し置いて赤字垂れ流しで行われたオリンピックなど、いくらでもある。まともな外交ができずにいくつかの国とは関係は悪化したままだ。
けれども、未来を見るためには、見たくないものであってもきちんと見る必要がある。そこでは、必ずしも望ましい世界は見られないかもしれない。けれども、生き残るための未来を見ることができるだろう。
もうすぐ参議院議員選挙がある。各政党、政治家が公約を口にするだろう。誰が見たくないものを見ているのか、誰が見たくないものから目をそらしているのか、そうしたことも気になっている。
連載15(2022.6.7)
ガソリンのように電気を買う時代は来るのか?
同じエネルギーであっても、ガソリンと電気には大きな違いがある。いや、自動車の燃料かどうか、という話ではない。EVだってあるしね。
違いというのは、市場に直接連動しているかどうか、ということだ。ガソリン価格は市況によって変動している。その点、電気はあまり変動していない。
そういうと、「いや、最近は値上がりしているじゃないか」って言われるかもしれない。でも、そうではない。
電気の市場価格(日本卸電力取引所=JEPXのスポット価格)は毎日30分単位で価格が異なっている。けれどもほとんどの小売電気事業者は電気を決まった価格で販売している。市場の電気が50円/kWhになっても、それを仕入れて30円/kWhで売らなきゃならない、ということだ。
たぶん、ガソリンはそんな売り方はしていないはずだ。
ここにきて、市場連動型の電気料金が注目されている。新電力の多くは、これまでの価格で電気を売ることはできないし、次の夏、その先の冬の価格高騰が予想されるため、そもそも決まった価格で電気を売ることにはリスクがありすぎる。したがって、リスクは需要家にもってもらおう、ということなのだ。とはいえ、市場連動を打ち出すのも勇気がいる。
1年前の価格高騰のときは、市場連動型の電気料金メニューにしていた需要家は急激な電気料金の上昇に悲鳴をあげていた。他方、固定料金のメニューで提供していた小売り電気事業者は逆ザヤに悲鳴をあげていた。
2年目ともなれば、今までのような電気の売り方ができないということが自明となってくる。そのため、新電力が行っているのは、優良な顧客以外は減らしていく、といったことだったりもする。
結局、新電力にとって、電気を供給しつづける料金メニューは今のところ市場連動型しかないが、他方で冬には従来の4倍にもなるような電気料金を請求することにもなり、社会問題の矢面に立たされかねない。また、そもそも市場連動型の方が年間を通じて需要家にメリットがあるということを説明するのはたやすいことではない。
こうした中、中部電力ミライズや日本テクノは市場連動型の法人向けメニューの提供を開始した。というか、筆者が所属するafterFITも開始している。とりあえず、問合せはまあまあ来ているが、契約者に対しては、最初の夏の高騰時の顧客への説明についての準備は必要だ。
ただ、そもそもの話でいえば、小売価格が卸市場の価格の変動に影響されるのは、ガソリンも玉ねぎも小麦も同じ話だ。電気の場合、市場のボラティリティがやたらと高いということはあるとしても。それでも、長期的に見れば、小売電気事業者がリスクをとって単価を固定するよりも、需要家の電気代の総額は市場連動の方が安くなるはずだ。
おそらく、実態としては、まだ市場連動の方が高い可能性がある。小売電気事業者はまだまだリスクを低く見積もりすぎているか、大幅な値上げができていないか、たぶんその両方だ。
そうだとしても、1年後には生きのこった小売電気事業者は市場連動か割高の単価固定のメニューに分かれているだろう。発電所を確保している小売り電気事業者だけが例外的に、既存顧客に安定した料金で電気を販売することができるだろうが、すぐに顧客を増やすということはしないだろう。
あらためて、需要家が考えるべきは、ガソリンのように電気を買うという感覚だ。安い電気を使い、高いときは節約する。それだけのことだが、これからの社会においては必要なことだろう。
小売電気事業者に求められるのは、需要家が上手に電気を使うことをサポートすることだ。そうした取組みが、持続可能な事業になる。電気の使い方だけではなく、リスクの低減のしかたなど、やるべきことは多い。そうした創意工夫が、中長期的には競争力となっていく。
それに、ガソリンのように電気を買うということは、悪い事ばかりではない。プリペイド型の料金メニューがまさにそうなのだが、これについてはまた次回。
連載14(2022.5.25)
LPガスから撤退する東京ガスと事業ドメイン
2022年4月27日、東京ガスがLPガス事業を岩谷産業に譲渡することが発表された。LPガス事業から撤退するということである。選択と集中という文脈でいえば、納得できるものだ。東京ガスという会社にとっては、LPガス事業は相対的に小さなものだった。同時に、カーボンニュートラルを目指していく上では、重荷になることは予想できた。ただし、これがただちにLPガス事業そのものに将来性がないということにはつながらない。また、既存のLPガス事業者にとっては、住み分けができるいい機会かもしれない。それは、ガスの種類というよりも、事業ドメインという文脈で考えることができる。
東京ガスは日本最大手の都市ガス会社である。東京ガスに限らず、大手都市ガス会社にとって、2050年の脱炭素というのは、遠くて困難なテーマだ。とりあえず、メタネーションと再エネ事業でカーボンニュートラルを実現していこうというのが、現在公表されている長期ビジョンだ。
だが、ここには、メタネーションという、まだ確立されていない技術に未来をゆだねなくてはいけないという危うさがある。
おそらく、東京ガスの本音は違うのではないだろうか。
東京ガスの事業は、LNG基地と導管というインフラを中心とした、都市ガスの垂直一貫型の事業者だ。ただし導管事業は2022年4月に分離され、別会社となった。とはいえ、多くの電力会社と同じく、上流と下流を持つ会社であることにはかわりない。
事業ドメインは、インフラ事業者というものであり、ある程度は「エネルギーの安定供給」が会社としてのミッションということになる。
ライフバルという一般消費者の窓口となる事業との連携もあるとはいえ、お客様との距離の近さはLPガス事業者ほど近いわけではない。それでも旧一般電気事業者よりは近いことが、電気事業への参入で一定の成果を出したことにつながっている。
そのように考えていくと、エネルギーインフラの会社としての東京ガスは、供給するエネルギーを都市ガスにこだわる必要はない。とはいえ、自分たちでなくても支えられるインフラについては、こだわる必要はない。そうした文脈において、東京ガスにとってLPガス市場のような優位性がないところで戦う必要はない。重厚長大なインフラをかかえつつ、次のインフラにシフトしていく、というのが本音なのではないだろうか。そう考えると、2050年の東京ガスは再生可能エネルギーを供給するインフラを担う企業になっているというのが、あるべき目標なのではないだろうか。とはいえ、都市ガス事業をやめてしまうということについてコミットする必要はなく、重要なオプションとして残しつつ、対外的にはガス会社であることを示している、ということではないか。
インフラ会社にとって、小売部門はなかなか力を入れにくい分野だ。その点で注目しているのが、TGオクトパスだ。
オクトパスエネルギーは英国のエネルギー会社で、再エネの供給と柔軟な料金システムを武器に急成長した会社だ。同社が東京ガスと合弁事業を開始したのが、TGオクトパスであり、小売りはオクトパスエナジーのブランド名で展開している。
まだまだ契約数はすくないが、通常の電気よりも実質再エネ電気の方が安いという驚くべき料金メニューとなっている。
直近、電力市場の高騰から、事業を拡大するフェーズにはないが、価格が落ち着いてくれば、攻勢に出るだろう。そこで英国での経験が生きてくるはずだ。すなわち、市場価格のボラティリティに対応した料金プランの設計などである。
こうした優位性をもって、オクトパスのブランドで全国展開をするのであれば、東京ガスは小売りを切り離して、エネルギーの供給に注力することができるだろう。あくまで筆者の感覚的な予想でしかないが、10年後には東京ガスの小売部門はTGオクトパスに吸収されているのではないだろうか。一方、東京ガスは再エネの供給を全国展開しているのではないだろうか。こうしたとき、小売部門の強さが求められるLPガス事業は、手放してしまうのが合理的だ。
こういった状況になれば、LPガス事業者にとって、TGオクトパスは競争相手なのか提携先なのか、どちらかとなってくるはずだ。TGオクトパスの小売りはWebが中心になると予想されるので、対面営業の部分をLPガス事業者が担うということもあるだろう。
大阪ガスはともかく、東邦ガスを含めた他の都市ガス会社がLPガス事業を手放すことは考えにくい。地域密着という優位性を手放すことはないということだ。また、そのことが事業ドメインを規定する。
東京ガスのLPガス事業からの撤退は、おそらく自社の事業ドメインの再定義からくることで、そのための選択と集中だろう。
カーボンニュートラルという将来像は、エネルギー事業者に対して事業ドメインの見直しを迫っているともいえる。そしてそのことは、他のエネルギー事業者も同様だろう。
連載13(2022.5.11)
円安の時代とイノベーションの不在
今年に入ってから、いろいろなものの値上がりが続いている。個人的には、駄菓子の「うまい棒」が20年目にして10円から12円に値上げされたというのが印象的だ。「きのこの山」も「たけのこの里」も値上げされた。ビールも値上げされるし、カップラーメンも。
というか、本当にいろいろなものが値上げされている。とはいえ、エネルギー業界においては、ずっと前から値上げが始まっていたわけだが。というか、エネルギーに関して言えば、もう安い時代は終わったと考えるべきだ。
値上げの理由はさまざまだ。もちろん、ロシアによるウクライナ侵攻は大きな理由の1つとなっている。だが、ここで考えたいのは、円安という要因だ。そこには、日本社会の構造的な問題がある。
円安の理由は、米国のFRBが利上げする一方で、日本銀行が公定歩合の利率を下げたままだからだ。ドルの方が利率が高いので、通貨としてはドルの方が価値が高いことになる。
では、なぜ日本銀行は利率を引き上げられないのか。それも単純な理由で、景気が回復していないからだ。したがって、日本銀行は通貨を供給し続けなければならない。
ここで気になるのは、円安であるにもかかわらず、日本では景気が回復しないということだ。製造業が海外移転してしまって、円安効果が限定されている、という見方がある。しかし、それは本質ではないだろう。むしろ、円安による物価高に、多くの人は苦しく結果となっている。
本質的な問題は、1990年代のバブル経済の崩壊以降の、日本社会の対応の誤りだ。
すでによく知られた話となってしまったが、90年代後半以降、OECD諸国の平均賃金は、自国通貨建てでは、日本を除くすべての国で上昇している。とりわけ鉱業が好調だった2000年代のオーストラリアの上昇は顕著で、1.7倍くらいになっている。韓国も急上昇しており、ドル換算では日本を追い越しているのではないだろうか。
英国やドイツは上昇率が低いが、それでも1.2倍とか1.3倍といったレベルになっている。これに対し、日本はおよそ0.9倍だ。
日本は給与が下がったというよりも、非正規雇用が拡大したといっていいだろう。実は正社員がそれほど減っているわけではないが、その正社員の給与が増えない分、女性の就業率が上昇し、これが非正規雇用の拡大につながっている。また、男性については、ロストジェネレーション(現在の40代後半から50代前半)は男性の非正規雇用も多い。
こうしたことが、内需が拡大しない日本社会の原因となったし、したがっていくら日銀が通過を供給しても、景気は回復しない。
だが、問題はそれだけではない。非正規雇用の拡大によって、企業がイノベーションを起こしにくくなったともいえる。不安定な雇用の従業員は企業においてイノベーションをもたらす存在にはならない。
そうであるにもかかわらず、日本企業のほとんどは、経営を維持するために人件費を削減してきたし、その結果として、長期的にイノベーションが起こらない企業となっていったといえるだろう。したがって、付加価値の高い製品の製造ができなくなっており、円安になったとしても、利益を増やすことはできない。
かつて経営者は、「人件費の高い日本では経営はできない」といってきたが、こうしてみると「人件費が安くても経営できない」というのが真実だったということだ。
だとしたら、日本はこれから発展途上国(というよりも没落国か)となっていく、ということなのだろうか。
長期的な多くの経営者の過ちが、現在の日本社会を作り出しているとしたら、すべての経営者が再び過ちを繰り返すことは、本当に日本を途上国にしてしまうだろう。
経営者に求められるのは、高い負荷価値を提供できる組織をつくることではないだろうか。そのことがまわりまわって、自社の経営環境に大きな影響を与えることになる。より豊かな日本をつくれるのかどうか、その責任を担っているということだ。
連載12(2022.4.27)
アマゾン労組と値上げできない電力
昨年末、労働組合の脱炭素施策について取材した。対象は連合、自動車総連、全労連である。他にも電力総連と基幹労連の取材も申し込んでいたが、こちらは準備ができていないということで断られた。
脱炭素社会への移行は、労働者にも大きく影響する。自動車がEV化していけば、下請け企業は業態を変えるか退出するしかない。エンジン開発のエンジニアは不要になる。
こうした状況にあって、労組が求めていたことの1つは、経営者に対して早く方針を示して欲しいということ、そして政府に対してはキャッチアップのための支援をお願いしたいということだった。
一方、社会に対しては、こんな要請をしていた。それは、消費者には労働の価値を認識して欲しいということだった。
しましば、Eコマースにおいて、送料無料というサービスが取り入れられている。しかし、実際には運ぶ人がおり、送料が無料というわけではない。そして、消費者がこうしたサービスを求めるほど、労働者の(ここでは運ぶ人)の価値が低く評価されることになる。そして、そのことが賃金の抑制につながっていく。
自動車についても、安価に供給することだけではなく、労働者に適正な賃金を支払える価格ということを考えて欲しいということだ。そして、そのことが、自動車産業の労働者でも自動車が買える社会につながっていく、ということになる。
日本はOECD諸国の中で、唯一20年以上も実質賃金が下がり続けている国である。そこには、賃金抑制によるコスト削減しかできない経営者や、組織率17%という弱体化した労組という要因もあるが、消費者の意識もまた問題だということだ。
労組としては、賃金引上げを勝ち取れなかった近年については、忸怩たる想いがあるという。そうであっても、労組は労働者の代表として多少なりとも必要な存在でもある。
こうした中、米国ではアマゾンが労組を結成した。経営側の圧力にもかかわらず、現場の労働者が中心となって、倉庫などにおける劣悪な労働環境を改善するため、労組を結成したということだ。
米国では、組織率は日本よりも低く、わずか10%程度だが、その一方で7割近くが労組を必要だと考えているという。
現在、電力の卸取引市場の価格は高値が続いている。春となって需要期は脱したため、日中こそしばしば0.01円/kWhになるが、夕方から夜間、早朝にかけて20円/kWhから30円/kWhとなっている。次の冬もまた、高騰する確率が高い。したがって、卸取引市場に依存している新電力は赤字が増えるばかりだ。しかし、大手電力(旧一般電気事業者)もまた、石炭やLNGの高騰で発電原価が上昇しており、新規受付を停止している会社もあるという状況だ。
もちろん、仕入れ価格が上昇しているのだから、小売価格を引き上げるというのが一般的な考えだろう。実際に、ガソリンはそういった形で販売されており、政府が価格抑制のために補助金を出しているというのが現状だ。
だが、これは例外だ。日本社会においては、なるべく値上げを回避しようとし、営業努力をするという言い方がなされる。まして、小売電気事業の場合、およそ700社による過当競争となっており、簡単に値上げができる状況にはない。したがって、退出する事業者が出てくる。
ここで立ち止まって考えたいのは、値上げを最小限にしようとする努力が正しいのかどうか、ということだ。
もちろん、消費者にとっては、安い方がいい。だが、提供する側にとっては、利益が圧迫されるだけだ。そもそも努力して下げられるものならさっさと下げて利益を増やしているはずだ。
問題は、価格以上の価値を提供できていないというところにある。直近ではウクライナ情勢の影響があるが、本質的には、これまでのエネルギー価格が安かった。地球温暖化問題に即して言えば、CO2排出のコストを支払っていなかっただけだ。
過当競争が起きている現在、値上げはしにくいかもしれない。しかし、値上げと市場連動価格の導入をしつつ、過当競争の嵐が去るのを待つというのがいいのではないだろうか。現在の小売電気事業は「持続可能」とはいえない。
同時に、値上げにあたって、どのような価値を提供しているのか、そのことも問われるべきだろう。市場連動型の電気料金メニューにしてしまえば、顧客に上手な使い方を伝える必要が生じる。
高い価値を提供し、利益を出していくことで、経済が成長するのだから。
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連載11(2022.4.13)
エネワンでんきの設立と、エルピオの小売電気事業からの撤退
3月はLP業界における小売電気事業という点では、2つの大きなニュースがあった。
1つは、サイサンと中部電力ミライズによる合弁会社としてエネワンでんきの設立。そしてもう1つはエルピオの小売り電気事業の撤退だ。
背景にあるのは、言うまでもなく電力市場価格(スポット市場のみならず、ベースロード市場や先渡し市場も含め)の高騰だ。市場に安い電気がないのであれば、電気料金を引き上げるしかない。しかし、その結果、電源を持っている大手電力(旧一般電気事業者)に対する競争力は弱まる。この断面だけを見れば、新電力と大手電力との勝負には決着がついたように見える。
Fパワーやホープエナジーのように経営破綻した会社もあれば、ウエスト電力のように撤退する会社、あるいはネクストエナジー・ソリューションズのように事業譲渡する会社もある。また、かなり以前から、Looopやアイグリッドソリューションズ、東急パワーサプライは大手電力の資本を引き受けてきたし、中央電力やダイヤモンドパワーのようにすでに大手電力の子会社になっているケースもある。
事業を継続していても、現段階で新規受付を停止している会社も多い。
とはいえ、電力市場価格の高騰には複数の理由がある。老朽火力の休廃止による予備力の減少が冬期の価格急騰の要因の1つではあるが、化石燃料価格の上昇も大きな要因となっており、大手電力ですら厳しい収支となっている。
今後も、価格は下がることは見込めず、次の冬も高騰することが予想される。小売電気事業はもはや単純に儲かる事業ではない。
もっとも、小売電気事業者が700社以上に増加した背景には、そもそも安かったスポット価格がある。安い電気を調達してきてそこそこの価格で売れば儲かる。大手電力は採算割れの価格で市場に電気を供出してきた。そうした構造がいつまでも続くわけはなかった。
また、大手電力の小売り部門そのものも、実は危機的な状況にあった。とりわけ東京電力エナジーパートナーは3割も顧客を減らしていた。規制価格という面もあるが、何より一般消費者向けの営業拠点がなく、顧客接点に乏しいため、サービスの多様化すらできなかった。
そうした見方からすると、エネワンでんきの設立は、今後の業界再編のモデルになりそうだ。
サイサンにとっては、小売電気事業が採算がとれない重荷になっていたのではないだろうか。とはいえ、簡単にエネワンブランドを外せない。一方、中部電力ミライズにとっては、顧客接点がなく、顧客サービスの多様化が難しかった。他エリアへの展開も成功しているとはいいがたい。
こうしたことから、両社によるエネワンでんきの設立には互いにメリットが多いものなのではないだろうか。
いずれにせよ、大手電力とガス会社との提携というのは、総合エネルギー企業に向かうという意味では合理的な判断だし、今後はLPガス会社だけではなく都市ガス会社も巻き込んだものとなっていくのではないだろうか。
エルピオが小売電気事業から撤退するというのは、やはり小売電気事業の継続が難しいという判断による。そして、切り替え先の電力会社としてエネワンでんきを推奨している。今後、エルピオはエネワンでんきの代理店として小売電気事業にかかわっていく。
エルピオの撤退でダメージを受けているのが、エネチェンジだ。電力切り替えのための価格比較サイトを運営しているが、業界最安値を展開してきたエルピオは同社にとって重要な顧客だった。したがって、エネチェンジは今後、売上を大きく減らすことになる。
もっとも、価格競争ができなくなった段階で、価格比較サイトというビジネスモデルは破綻しているといえよう。
こうした一連の出来事を通じて思うのは、エネルギー事業においても、供給側から需要側までのバリューチェーンの中できちんと付加価値を生み出して利益を出していくことの大切さだ。そして、もはやこのバリューチェーンを1社で担うことができなくなっている以上、どのような提携でバリューチェーンを組み立てなおすかが問われてくる。そうした意味において、サイサンと中部電力ミライズによるエネワンでんきは1つのモデルとなるだろう。同時に、価格比較サイトはバリューチェーンからはじき出されるのではないだろうか。
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連載10(2022.3.23)
震災と原子力と電力需給ひっ迫
3月16日、東北地方で最大震度6強の地震があった。被災された皆様にはお見舞い申し上げたい。
ところで、3月22日には、経済産業省は電力ひっ迫警報を発令した。地震の影響で東北エリアの発電所が被害を受け、一部が復旧していないことに加え、寒さと雨が重なり、需要増が予測されるからだ。雨の影響で太陽光発電の稼働も期待できない。
JEPX(日本卸電力取引所)のスポット価格は80円/kWhにはりついているが、これはインバランス料金の上限に相当する価格だ。新電力にとっては、地獄のような一日だろうとも思う。
こういった状況になると、「原子力発電さえ動いていれば」と考える人は少なくないだろう。あるいは、「石炭火力発電を休止させてはいけない」と考えるのだろうか。そもそも、同じことはLNG価格高騰やロシアへの経済制裁ということでも、同じことを考えているはずだ。
では、原子力発電の再稼働を促進すべきなのだろうか。答えは、イエスでもノーでもない。というのも、すでに政府も電力会社も再稼働を促進しているし、その結果としてまだ多くが再稼働できていないからだ。この状況でなお、「原子力の再稼働促進」や「新増設の推進」を言う人は、現実が見えていないということだし、そのことが判断を誤らせる。
また、石炭火力発電の延命は、気候変動に関する物理的、政治的、経済的リスクを考えると選択することは難しいだろう。
11年前の東日本大震災で原発事故が起きてしまったのは、それが「想定外」か「想定内」かはともかく、原子力発電所が地震に対して脆弱であったことを示している。そのため、十分な耐性を持った発電所にしなくてはいけないし、それぞれの発電所は工事を行ってきてる。それでも、建屋の敷地内に活断層が存在する可能性がある場合には、再稼働は難しい。
対テロ対策も求められている。実際に、2001年9月11日の米国での同時多発テロでは、旅客機1機はピッツバーグの原子力発電所を標的にしていたと考えられている。
こうした課題をクリアした上で、日本の原子力発電所はようやく再稼働できるというのが実情だ。
日本で原子力発電の再稼働が進まないのは、反対運動でも国民的感情でもなく、極めて現実的なプロセスにおける結果だ。
電力ひっ迫に対し、原子力発電だけが解決法ではないし、むしろ原子力発電そのものは可能な限り再稼働を進めてきた。それでも不足しているというのが現状だ。
とはいえ、他に何もやってこなかったわけではない。再生可能エネルギーの開発も進めてきたし、今回のように一時的なひっ迫に対しては需給調整市場といったしくみを整備してきた。また、スマートメーターの設置はほぼ完了しており、前回の計画停電のような病院などまで停電させるようなことはないだろう。
その一方で、建物の断熱化などはあまり進んでいないことも指摘できる。このことが暖房需要の抑制を不十分なものにしている。
今回、警報を発令したということは、対策はまだ十分ではなかったということでもある。その上で、将来に向けて必要な対策、備えを進めていくことが必要だ。
電力需給ひっ迫への対策として、原子力発電や石炭火力発電については、実はあまり議論の余地はない。適切な運用を続け、あるいはどこかの時点で休止していくことだ。仮に原子力発電の新増設があるとしても、それは適切な運用を通じて一般市民との間で十分な信頼関係ができてからのことだ。
これからのエネルギー事業を考えるということは、原子力発電や石炭火力発電の運用が限られ、あるいはLNGの価格が高くなっていくという前提で、次に何をしなければいけないのか、そのことを考えるということだ。
たぶん、政策立案者も事業者もやることはたくさんあるはずだ。
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連載9(2022.3.9)
ロシアのウクライナ侵攻で考えること
現在、国際社会において最大の危機的問題となっているのが、ロシアによるウクライナ侵攻であることはまちがいない。ウクライナ国民だけではなくロシア軍兵士も命を落としており、多くの人が心を痛めているはずだ。
この問題が、エネルギーにも大きく関係しているだけに、LPガス事業者にとっては他人事ではないともいえよう。
この問題は、どうすれば解決するのかも見えないし、正確な情報も限られており、まさに我々自身、出口が見えない中にいるようだ。
今回のウクライナ侵攻で気になっているのは、「国際経済」が「ロシア国内政治」を抑止できなかったことだ。
現在は第二次世界大戦の時期とは、戦争の目的が異なっている。ロシアに限らず、戦争のきっかけは国内問題だといえるだろう。逆に、領土問題ではないともいえる。それぞれの国や地域が経済で深く結びついている以上、侵略してその場所の経済=市場を破壊することは、あまり得策ではないからだ。
今回の戦争はエネルギーが大きく関係している。それを言えば、第二次世界大戦における日本も同じだったと言われるかもしれない。でも、そうではない。エネルギー資源の確保ではなく、エネルギー市場の確保が重要だったということだ。
西欧は冷戦時代から、旧ソビエト連邦から天然ガスを輸入するために、パイプラインを整備してきた。それはそれ、これはこれ、である。当時からすでに、それぞれの国の経済的な結びつきや相互依存は強かったということだ。
ドイツは石炭火力発電を廃止するにあたって、ロシアとの間をつなぐ新たなガスパイプラインのノルドストリーム2を完成させ、運用を待つばかりだった。ロシアにしてみれば、天然ガスを安定して欧州が買ってくれるのであれば、収入が増えるということだ。欧州としても、北海ガス田が生産量を減らしているだけに、ロシア産天然ガスは必要なものだった。
しかし、米ロ関係が悪化していることで、ノルドストリーム2は運開できない状況に陥っていた。冷静に考えれば、ロシアにとってもっともメリットがあるのは、米ロ関係で妥協し、ノルドストリーム2を運開させることだったはずだ。
だが、ロシアはそうした選択をしなかった。むしろ、国境を接するウクライナの民主化がロシア国内に及ぶことを恐れていたのではないか。そうしたことから、ロシアはさまざまな形でウクライナに干渉しつづけた。ウクライナはロシアと欧州を結ぶガスパイプラインの要所でもある。ガスの供給を途絶させてしまうと、欧州にガスを売れなくなってしまうという状況があるにもかかわらず、である。
結局、プーチン政権は追い込まれる形で、ウクライナ侵攻を行なった。それは、ロシアが経済的結びつきから切り離されていくことをも意味している。
シェルをはじめ、エクソンモービル、bp、トタールといった石油メジャーはあいついでロシアから投資を引き上げた。そこには、日本にLNGを供給するサハリンの2つのプロジェクトも含まれている。当然、石油メジャー自身も損失を覚悟の上での判断だ。それでも、ウクライナで起きている悲劇に対して、ノーと言うしかなかった。
もっとも、だからといって、欧州がロシアからの天然ガスの輸入を止めたわけではなく、日本もとりあえずサハリンからLNGが供給されるという状況ではあるが。
素人考えかと思われるだろうが、私としては、ノルドストリーム2の運開を交渉材料として、ロシアを思いとどまらせることができなかったのだろうか、と考えている。
多少、弱腰な交渉であっても、人命が失われるよりはましだ。
しかし、しばしば政府はそういう判断をしない。ロシア政府はウクライナのクリミア半島を占拠したときに、国民から支持を受けたように、ウクライナにさらに強硬姿勢をしめすことで政権の支持につながると考えたのかもしれない。そして、西側諸国、とりわけ米国がそうした判断をしていたのではないかとも考えられる。
2001年9月11日の同時多発テロをきっかけとした米国のアフガニスタン侵攻、あるいはイラク戦争もまた、米国政府が強い国家像をしめして、国民からの支持を得るためだったとしたら、ロシア政府の判断と同じものだといえる。そして、結果としてアフガニスタンやイラクでは同時多発テロ以上の死者を出している。
今起きている、ロシア軍によるウクライナ侵攻については、より早く、合理的な解決がなされることを願っている。それ以上のことはなかなか言えないというのが正直なところだ。
ところで、ここで経営者に対して教訓があるとしたら、自分を守るための強硬な姿勢は、しばしば会社にとってマイナスではないか、ということだ。
現代の企業は、社会経済におけるエコシステムの中で存在している。そのことを忘れてはいけないだろう。
誰もが幸福になれる選択をするということが大切だ。それはロシア政府にも、そしてその他のすべての国の政府にも考えて欲しいことだ。そして、国民は強い国ではなく、幸福になれる国であることを政府に求めるべきだろう。このことは、国を会社に置き換えてもおなじだ。
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ロシアのウクライナ侵攻の裏で石油業界にも大きな異変 日本の大手商社にも影響か
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連載8(2022.2.22)
ブルーオーシャンの孤独
15年以上前、『ブルーオーシャン戦略』というビジネス書が良く売れていた。独自の商品やサービスを開発し、競争相手のいないところで事業を展開するという戦略だ。
逆に熾烈な競争下にある市場は、レッドオーシャンにたとえられている。
ところで、エネルギー業界には、けっこうブルーオーシャンが広がっていると思っている。そもそも業界が激変し続けるということは、まだ開発されていないけれども必要な技術やサービスや商品がたくさんあるっていうことだ。
ところが、実際には多くの事業者が同じような事業に参入し、過剰な競争を展開している。その代表的なものが、小売電気事業だろう。約700社が成長の見込めない市場で争っている。以前のように、卸電力取引市場(JEPX)のスポット価格が安ければ、利益を出しやすい事業だったけれども、そもそもリスクが潜在しており、昨冬、今冬とつづけてスポット価格が上昇し、どの会社も経営は危機的な状況にある。
とはいえ、実は冷静に考えれば、価格高騰は予測できたし、リスクについてはとっくの昔に、電力広域的運営推進機関(OCCTO)が示してきた。
短期的に経営環境が変わったことが問題であり、レッドオーシャンが問題ではない、と思うかもしれない。しかし、そうではない。JEPXの電気を右から左に流すだけの事業がレッドオーシャンとなったことに対し、参入者は価格競争とせいぜいセット販売くらいしか考えることができなかった。そのため、新電力が置かれた状況がこのようになっているということだ。
しかし、もう少し時間的なスケールを広げて考えれば、再エネが拡大することによって、お客様に最適な形で電気を使ってもらうということは、もっと考えるべきことだった。例えば、市場連動型の料金メニューにした上で、安い時間帯に使ってもらうこと、高騰のリスクを回避するための方策、そもそも消費電力量を減らす工夫。そうしたサービスに対応したアプリケーションの開発は、この国では行われていない。
こうした例は、これまでのVPP(仮想発電所)や現在のPPA(電力供給契約)などにもみられる。
では、なぜ多くの事業者がブルーオーシャンには行かずにレッドオーシャンに行ってしまうのか。もちろん、ブルーオーシャンで安定した事業を展開したいと思う経営者は多いだろう。
しかし、ブルーオーシャンは経営者のメンタルにとって決して楽なものではない。なぜなら、競争相手がいないということは、ベンチマークがないということだからだ。それなら、確実に市場が存在しているレッドオーシャンを目指した方が、精神的には楽なのだろう。甘い期待を持って参入していくことになる。
多くの経営者は、ブルーオーシャンにおける孤独や不安に耐えられないのではないだろうか。未知の世界にいくリスクをとれないということもいえる。
でも、ブルーオーシャンであっても、必要な情報を収集し、将来の予測ができれば、どうにかなるかもしれない。ブルーオーシャン戦略においては、経営者の胆力が試されている。
連載7(2022.2.9)
電気料金は下がらない
LPガス事業者の多くは、小売電気事業においては取次店として事業を展開しているので、卸電力取引所のスポット価格の高騰の影響は小さいかもしれない。一方、小売電気事業者として展開している場合は、経営を左右するほどのダメージを受けていてもおかしくはないだろう。おそらく、経営破綻する新電力が出てくるのではないだろうか。
海の向こうの英国でも、いくつもの小売電気事業者が経営破綻している。もっとも、英国の場合は小売価格に上限があり、十分な値上げができないという事情もある。
小売電気事業者は今後、いくつかの選択を迫られることになる。事業をやめてしまうということもひとつの選択だ。あるいは値上げをするのか、市場連動型の電気料金にするのか、という判断もあろう。電源を持っていたとしても、燃料価格の上昇には対応せざるを得ない。
取次店であったとしても、供給元の小売電気事業者がどのように対応するのかは、顧客に伝えていかなくてはならない。供給元の小売電気事業者が業務を停止してしまい可能性は十分にある。
電力の市場価格の高騰は、短期的なものではなく、中長期的なものだ。短期的には、発電設備の不足は明確になっており、2022年度の冬まで続くことになる。しかし、化石燃料の価格は2030年頃まで需給がタイトになると考えられる。それまでに再エネと省エネに十分な投資がなされることでようやく解決することになるはずだ。
では、それまで、新電力には冬の時代が続くのだろうか。おそらく、多くの事業者にとってはそうなるだろう。というのも、「卸電力取引所で仕入れた電気を売れば十分に利ザヤが稼げる」という前提で参入した新電力がほとんどであり、そうした事業者は淘汰されるということだ。
2016年4月に始まった電力小売全面自由化では、欧米と異なり、日本では価格競争とバンドル化(セット販売)しかしてこなかった。その点、欧米ではメニューに省エネサービスを入れることが必須となっていることが多い。また、そのためにさまざまなサービスを開発してきた。
では、どのような新電力が残るのだろうか。もちろん、体力のある事業者は残るだろう。しかし、それだけではない。結局のところ、電気事業をはじめとするエネルギー事業は、社会を支える事業であり、ある部分ではインフラ事業、あるいは公益事業である。LPガス事業は公益事業とはされていないが、実質的に公益事業だ。
社会に必要とされている事業は、社会から見捨てられることはない。顧客が必要とするサービスを提供するのであれば、将来を考えることができる。
電気料金は下がらない。おそらくLPガス料金も大きく下がることはないだろう。でも、そうしたことを前提に、何が必要とされているのかを考えることは大切だ。考えない企業は淘汰される。
連載6(2022.1.26)
主役はアプリケーションかもしれない
所属する会社で、小売電気事業のあり方について、ずっと考えている。出した結論の1つは、すくなくともBtoCにおいては、電気を売るのではなく、アプリケーションを提供することが柱になるのではないか、ということだ。アプリで電気やガスを売るのか、と思われそうだが、それはちがう。生活をサポートするということだ。
ガスはともかく、電気については、時間帯によって価格が変わっている。お客様は気づかないかもしれないが、卸電力取引所のスポット価格はボラティリティが拡大していて、新電力の多くはけっこう苦しんでいる。とりわけ一般家庭はスポット価格が上昇する夕方の需要が大きいので、新電力にとってはつらいところだろう。
スポット価格が高いので、お客様に対応してもらおうというのは、事業者側の都合でしかない。けれども、実はスポット価格が安い日中は、そもそも太陽光発電が活発に稼働している時間帯だ。ということは、日中の電気の方が環境負荷が小さいということになる。それはすなわち、より安心して電気を使えるということを意味する。
電気に限った話としては、安心して使用できることをサポートするしくみに、事業者がもたらす価値があるということになる。とはいえ、実際には、生活をサポートするということになれば、電気に限った話にはならない。
では、どのようなアプリケーションがいいのだろうか。スマートフォン向けアプリを小規模事業者がそれぞれ開発するのでは、手間がかかるだろう。むしろ、大手事業者がアプリケーションをつくり、それを小規模事業者が使えるようにするといいのではないのだろうか。ガスを卸供給し、電気の取次店をやってもらうだけではなく、アプリケーションの提供も大手事業者の重要な取組みになってくるはずだ。
アプリケーションはなにもスマートフォンだけではない。アナログなサービスもアプリケーションとして構築することができる。事業所そのものをデバイスと考えてサービスを再構築してみるといいだろう。
東京ガスは英国のオクトパスエナジーと合弁でTGオクトパスという会社を作り、オクトパスエナジーのブランドで日本市場で展開するという。クリーンエネルギーを販売していく電力会社ということになる(ガスもいずれ売ると思う。本国ではすでに販売しているのだから)。
オクトパスエナジーは電力会社というよりも、自らをテック企業だとしている。同社が英国におけるいわゆる新電力でありながら、現在では英国6大電力会社(日本の旧一般電気事業者に相当)に匹敵する顧客規模に成長した。そこには、お客様に価値をもたらすのが何なのか、既存事業者とは異なる視点があった。英国のオクトパスエナジーのサイトを見れば、どんなサービスが提供されているのかがわかる。
デジタルトランスフォーメーションが言われて久しい。しかしそれは単純にデジタル化すればいいという話ではなく、そのことがどのような価値をもたらすのか、その点をしっかりと考えていくことが必要だ。
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脱炭素サバイバルで生き残るための2つの方法とは 脱炭素・デジタル化社会で生き残るためのイノベーション戦略(1)
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脱炭素時代に取り残されない為に知っておくべき3つのこと 脱炭素・デジタル化社会で生き残るためのイノベーション戦略(2)
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連載5(2022.1.12)
野球チームからラグビーチームに
気候変動問題やデジタル化など、ほぼすべての業種において、変革が求められている現在、LPガス会社も言うまでもなく例外ではない。この変化を乗り切るために、組織のあり方を変えるというのも1つの方法だ。というよりも、変化に耐えられる組織づくりが必要ということだ。
3年ほど前、「ティール組織」というビジネス書がベストセラーになっていたことを憶えているだろうか。簡単に言えば、各個人が自律して動く、フラットな組織である。意思決定においても上下関係はない。
会社においてそういった組織が成り立つのかどうか、疑問に思われるかもしれないが、実際に存在している。代表的なものとして、訪問看護師の事業所だ。ミッションは決まっているので、それに基づいて自律的に動くことになる。当然、意思決定もまた個人にゆだねられることになる。
その点、一般の会社は、社長以下管理職がいて一般社員がいるという階層構造になっており、基本的に上意下達で動くことになる。また、意思決定においても上司の判断が求められる。
旧来の上意下達型の組織は、変化に耐えられないのだろうか。おそらく、変化への対応は難しい。フラットな組織が優れているのは、こういうことだ。まず、意思決定が早い。だからこそ、変化に対応しやすい。
徹底した上意下達型の組織というと、多くの人は軍隊を思い浮かべるだろう。しかし、実は米軍のマニュアルでも、現場の意思決定を重視したものとなっている。意思決定に時間がかかっていたら、戦況の変化に対応できないからだ。
また、経営者なり管理職が変化に対応できなければ、上意下達の組織は機能しなくなる。そして、これまでの成功体験を脱却できない経営者というのはめずらしくないはずだ。むしろ、成功したからこそ経営者となっているといえる。だが、その体験が変化の障害となる。
LPガス会社にあてはめてみれば、事業環境の変化はこれまでの方が今後よりは相対的に小さかったはずだ。そこでは、オール電化対策などをしながらも、LPガスの販売量を拡大し、さらに商材を拡大していくということは、そんなに変わらなかったし、だからこそ戦略を決めて現場がそれを遂行していくことで良かった。
しかし、電化、脱炭素化、デジタル化が急速に進んでいく中で、どのような戦略をとればいいのかは、簡単ではないし、技術開発が商材を変化させていく。だからといって、目の前のLPガスの売上も必要だ。こうした状況で、経営者や管理職が素早い意思決定ができるとは限らないし、適切な判断をしていくためのリソースも不足しがちだ。
こうした変化に対応するために、現場の意思決定を重視し、そのために組織をフラット化していくということになる。
では、経営者の役割は何かといえば、ビジョンを明確にし、ゴールを設定することだ。LPガス会社においては、例えば脱炭素社会における地域のエネルギーのサプライヤーになるというビジョンではどうだろうか。その上で、ビジョンに対応した数値目標、例えば顧客軒数や売上げ、あるいはあるべき事業ポートフォリオが浮かんでくる。
一般社員まで、ビジョンを徹底して供給し、ビジョンにそった意思決定を徹底していくことで、自律した組織になる。しかしそれだけではガバナンスの問題が生じるため、意思決定に対して後からレビューすることになる。
野球は日本においては国民的スポーツだった。昨年末は日本シリーズが意外に盛り上がった(個人的には、東京ヤクルトのファン)。野球は監督が細かく指示を出して、選手がそれに応える形でゲームを行なう。そうしたスタイルが、日本人になじんだのだろう。
その点、ラグビーはそもそも監督がいない。最初に戦略を立て、それを共有し、試合中は選手が自律的に動くことになる。
もっとも、その野球も以前とは変わりつつあるようだ。東京ヤクルトの高津監督は常識にとらわれない投手起用が、長期にわたるペナントレースにおける勝因となった。日本ハムで今季から指揮をとる新庄監督(ビッグボス)は、そもそも指揮の前に選手の自律を求めているところがある。
自律することには責任が伴う。フラットな組織のメンバーは、責任を背負うことになるが、それでも経営者が描いたビジョンに向かって、各自が激しく変化する事業環境に対応し、解を探しながら進んでいく、ということが、これからの組織に必要なのではないだろうか。
また、そうすることで、成功体験を脱却し、常識にとらわれない発想で、事業を成長させていくことができるだろう。
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全労連に訊く カーボンニュートラル実現に必要なピースは「原発依存からの脱却」と「早期のエネルギー転換」
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自動車総連に訊く EV・FCVへの移行は「いばらの道」 自動車業界が脱炭素を達成する為の様々な課題
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連載4(2021.12.22)
ソーラーシェアリングって儲かるの?
最近、ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)が知名度を上げている。テレビのバラエティ番組で取り上げられているのも見た。実際に、エネルギー基本計画で示された電源構成の数値目標を達成するためには、開発のリードタイムが短い再エネとして太陽光発電のさらなる拡大が必要とされるが、もはやメガソーラーの時代ではない。そのため、50kW以下の低圧太陽光発電とソーラーシェアリングへの期待が高まっている。
太陽光発電事業は以前のようなものすごく儲かる事業ではなくなっている。固定価格買取制度の買取り単価はかなり引き下げられており、今から新たに建設するよりも、中古の発電所を買い取って、場合によってはリフォームした方が儲かるという状況だ。もっとも、その結果、中古の発電所の価格は値上がりしており、こちらも結果としては儲かるものではなくなっていく。
とはいえ、近年は短期的な儲けよりも持続可能な長期的な利益への関心が高まっている。大手の金融機関、機関投資家ほどそうした傾向にある。その点でいえば、ソーラーシェアリングは持続可能な事業への可能性が開けているといえる。
ソーラーシェアリングは、簡単に言えば農地の上に太陽光発電を設置するというものだ。ということは、農業なしには成り立たない。
そもそも、ソーラーシェアリングでは固定資産税の低い農地をそのまま利用するという発想なのだが、野立ての太陽光発電と比較すると、それ以外のコスト構造も異なっている。架台は高くなるが、草刈りは不要だし、フェンスを省略するケースも多い。山奥につくるわけではないので、点検もしやすい。
これを農業側から見た場合、副収入が得られるということが魅力だ。FITの買取り単価が高い時期は、売電と農業の利益が10:1ということもあったが、今ではそこまでの利益は見込めない。それでも、冬期であっても売上げが立ち、安定した収入になる点は魅力だろう。
農家においては農業を引き続き営んでいくことそのものが問題なのだが、ソーラーシェアリングを設置することで、副収入を得ると同時に農業をせざるをえなくなる。もっとも、農業そのものも外部に委託することもあり得るが、公益的には農地が維持されることのメリットは大きい。
畑の上に太陽光発電パネルを置いて、作物が育つのかどうかという疑問はあるだろう。実はけっこう育つ。パネルの割合にもよるが、多くの植物は一定以上の光があるとかえって育たなくなる。そもそも、植物の光合成の能力は、恐竜時代(中生代)に適応しているが、当時の大気中のCO2濃度は0.1%(1000ppm)で現在の0.04%と比較すると2.5倍だ。CO2濃度を上げて温室栽培することにも合理性がある。したがって、現在のCO2濃度においては、多少光が少なくてもあまり変わらないということだ。
ただし、これはCO2濃度が上がり地球が温暖化した方が植物にとってはいいということは意味しない。急激な気温の変化に、移動できない植物は対応できない。
さて、ここでソーラーシェアリングを紹介することの意味は、それがこれからのトレンドになるからではない。これまでの太陽光発電の開発事業者では、農業にアクセスすることが難しいが、その点では地域に根差した事業者の方が優位だということだ。農業振興は地域でLPガスを販売する事業者にとっても売上げを維持することにもつながるが、同時に一緒に農村地域の発展にも寄与できるということも魅力だろう。
地域の発展やLPガスと同様の災害対策という面から、多少時間をかけてでも、ソーラーシェアリングの可能性を検討してみるというのはどうだろうか。
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ソーラーシェアリングの撤退理由から見る、生き残る条件
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菅直人は今、日本のエネルギーをどう思っているのか
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連載3(2021.12.08)
電力・ガス料金はもう安くならない
昨冬の電力のスポット市場の高騰の記憶が残る中、この秋から再び電力市場は高値が続いている。一般消費者にとっては、今のところ大きな値上がりとなっていないが、JEPX(日本卸電力取引所)で電力を調達している新電力にとっては、厳しい状況となっている。
実は、今冬の電力市場価格の高騰はある程度は予想されていた。というのも、電力の供給予備力が不足していたからだ。OCCTO(電力広域的運営推進機関)と資源エネルギー庁はどうにか3%を超える予備力を確保したとしていた。しかし10月にはすでに、高い気温と石炭火力発電の計画外停止によって一部の電力会社でLNGが不足し、市場価格は昨年秋を上回っていた。
日本についていえば、予備力の不足は、旧一電(旧一般電気事業者)、いわゆる大手電力が老朽火力発電の休廃止を進めたことが原因だ。かつては猛暑のときだけ稼働する石油火力発電などがあったが、自由化の影響で採算がとれなくなり、休廃止したということだ。これを防ぐために容量市場という制度が導入されたが、確保された電源は2024年度以降であり、効果も疑問だ。
一方、欧州でも電力の市場価格は高騰しており、とりわけ英国では電気料金の値上げに上限があることなどから、経営破綻する会社が相次いでいる。主な原因は、風況の悪化で風力発電の稼働率が低下したことと、天然ガス価格の高騰だ。そして、天然ガス価格については、日本のLNG価格にも影響を与えている。もちろん、同じ化石燃料であるLPGの価格も上昇している。
春になれば、需要が減少し、価格も落ち着くとされているが、夏期や冬期には再び価格が上昇する可能性が高い。
理由の1つは、OCCTOがまとめた供給計画においては、2022年の冬もまた、予備率が低いからだ。昨年、今年のように、火力発電の計画外停止や予想以上の寒波が訪れれば、市場価格は簡単に上昇する。
もう1つの理由は、化石燃料の価格が高止まりすることだ。今後、中国などではLNGなど化石燃料の需要が高まっていく。しかしIEA(国際エネルギー機関)が示しているのは、新規油田・ガス田への投資の停止だ。進行中のプロジェクト以外は新規開発はしないということだ。これは2050年カーボンニュートラルの実現のためではない。逆に世界がカーボンニュートラルに向かっているため、新たに油田やガス田を開発しても座礁資産となってしまうからだ。
先のCOP26(気候変動枠組み条約第26回締約国会議)でも、先進国の意思は、新たな油田・ガス田ではなく再エネへの投資を加速するというものだった。だとすると、十分な再エネが開発されるまでは、LNGもLPGも高値が続くことになる。少なくとも2030年頃までは高値で推移するだろう。
こうしたことに加え、欧州は炭素税や排出量取引などのカーボンプライシングの世界規模での導入を主張している。これが導入されれば、ますます化石燃料の価格は上昇することになる。
では、これはネガティブな状況なのかといえば、必ずしもそうではない。化石燃料の価格上昇は再エネや省エネの普及を促進する。また、そのことによって化石燃料価格を引き下げる可能性もある。また、とりわけ省エネが普及すれば、需要家の電気代やガス代は下がることになる。
実際に、安価なエネルギー価格は気候変動を促進してきたし、電気代やガス代が日本の半分程度の米国では、日本の2倍近くも電気やガスを使っている。
エネルギー事業者には、化石燃料が当面は高値で推移するということを想定して、事業計画を立てていくことが求められる。
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短期的な石油・ガス高騰にはクリーンエネ投資で、課題は途上国支援 IEA、世界エネルギーアウトルック2021を読む
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卸電力取引所の高騰は次の冬も危ない(このままでは)
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連載2(2021.11.24)
「有馬記念」がなくなる日
社会はある瞬間に大きく変化することがあるが、その変化の背後には小さな変化の積み重ねがあります。未来を予測するには、その小さなことに注意していくことが必要です。そして、基本的には合理的な方向に変化します。
例えば、ランドセルのメーカーは、10年後も残っているのでしょうか。ランドセルそのものがなくなっている可能性は十分にあります。なぜか。それは、そもそも「ランドセルは小学生が教材を持ち運ぶのに機能的ではない」からです。とりわけ小学校低学年の生徒にとって、ランドセルは重すぎます。教材を詰め込んだらなおさらです。もし本当に機能的であれば、大人もランドセルを使っているはずです。しかし、最近のサラリーマンはパソコンが入るようなリュックを背負って通勤しています。また、価格の問題もあります。リュックでも問題ないはずです。実際に、ランドセルが児童の身体に与えている悪影響も指摘されるようになってきました。
ランドセルがなくなることについては、別の側面もあります。ランドセルはもともと、旧日本軍の兵士が背負う背嚢に由来します。それを言えば、学ランやセーラー服も元はといえば軍服です。そこには、最近話題となっているブラック校則との共通性を見出すことができます。髪の毛の長さや色といった身体を管理し、さらには下着の色まで管理しようするということは、制服による管理と共通していますし、ランドセルもその延長にあります。そういった人権を無視した管理が問題視されるようになってきたのです。
制服については、トランスジェンダーに対応して女性のズボン着用なども認められるようになりつつあります。しかし、そもそも制服が学校に必要なのかどうか、いずれ問われるようになるでしょう。
学校をめぐる、こうした小さな変化が、いずれはランドセル廃止につながっていってもおかしくはありません。その方が合理的なのであれば、基本的にはその方向に進みます。
2030年のCO2排出削減の上積みも、急な変化ではありません。2050年カーボンニュートラルという流れは、2018年に発表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)による1.5℃特別報告書が決定づけたものです。同時に、世界的な金融機関などによる気候変動問題を重視する姿勢は2000年代から拡大していました。
もちろん、未来を正確に見通すことは不可能です。でも、可能性があることに対してはシナリオを用意する必要があります。2030年、EVが普及し、LPGスタンドが不要になっているかもしれませんし、LPGが炭素税によって高価格となり、オール電化の競争優位性が高まっているかもしれません。
さて、年末の競馬といえば有馬記念です。でも、10年後には有馬記念、というよりも競馬そのものがなくなっている可能性があります。近年、動物虐待に対する批判がたかまっており、売れ残りが殺処分されかねないペットショップの存在が危うくなっています。競馬に対して批判の矛先が向けられる日は近いと思います。年間およそ7,000頭が殺処分されているということが、この先も見過ごされるとは思いません。競馬業界の人は、そろそろ競馬がなくなるシナリオを描いておく時期にきているとおもいます。
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連載1(2021.11.10)
エネルギー基本計画はたかだか中期経営計画にすぎない
こんにちは。本橋恵一と申します。タスクフォース21の会合でも何度かお話しさせていただきましたが、初めての方も多いと思うので、自己紹介から。
元々は環境エネルギージャーナリストです。1994年からやっているので、27年にもなるんでしょうか。LPガス業界だけではなく、電力・ガスはもちろん、気候変動問題まで、さまざまな取材をさせていただきました。「電力・ガス業界の動向とカラクリがよーくわかる本(第6版)」は最近出したばかりです。宣伝みたいで申し訳ないですが。
現在は、afterFITという会社で、Energy Shiftという環境とエネルギーのニュースサイトの運営をする一方、afterFIT研究所の研究コーディネーターとして少し先のビジネスにつながる研究のプランを考えています。気候変動問題を考えると、どうしてもLPガス事業はネガティブなイメージを持たれてしまいそうですが、決してそんなことはないと思っています。さまざまなチャンスがあるし、とりわけ海外のエネルギー会社を見ていると、そのことを強く感じます。
こうした視点から、定期的にいろいろなことを書かせていただきたいと思います。
最初に取り上げるのは、先日、閣議決定されたばかりの、第6次エネルギー基本計画です。LPガスは社会を支えるエネルギーの最後の砦として位置づけられています。その一方、2030年温室効果ガス46%削減にあわせて、再生可能エネルギーの導入拡大や原子力の維持も示されています。エネルギー業界のそれぞれにとって、受け止め方が違うことでしょう。
とはいえ、見誤ってはならないのは、これはたかだかエネルギーの「中期経営計画」にすぎないということです。ここで数値目標が示されたからといって、確実にその数字が達成されるわけではありません。むしろ恣意的な数値目標となっています。
例として、2010年に閣議決定された第3次エネルギー基本計画があります。この計画では、2030年までに原子力を14基増設するということが示されていました。2000年以降、原子力の新増設がほとんどなかったにもかかわらず、次の20年間で14基です。電力会社は電力需要が伸びないために、原子力の建設を手控えていましたし、したがって新増設が大幅に進むとも考えていませんでした。ただ、温室効果ガス排出削減のための数値を合わせるための目標だったのです。
震災があったとはいえ、この目標には実態はありませんでした。さらに言えば、その後の第4次・第5次エネルギー基本計画の電源構成も大幅に見直さざるを得ませんでした。
今後、政府はエネルギー基本計画を根拠にエネルギー政策を進めていくことでしょう。とはいえ、エネルギー事業者においては、政府の恣意的な目標に振り回されるのは避けるべきです。政府の目標に沿った対応をした結果、東芝が原子力で大幅な損失を計上することになり、石炭火力の多くは座礁資産になりかけています。
エネルギー事業者にとって大切なことは、自らのエネルギー基本計画をつくることです。さまざまな情報を収集していけば、より確度の高い見通しとなるのではないでしょうか。そうすることで、ビジネスチャンスがうまれてくると思います。
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第6次エネルギー基本計画案 GHG46%削減でも見えない経産省の危機感 日本企業のとるべき道は
本橋 恵一(Energy Shift2020.8.6)
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