本橋恵一の「これからのエネルギー事業を考えよう」
本橋 恵一:環境エネルギージャーナリスト/コンサルタント・H Energy日本担当カン
トリーマネージャー
エネルギー業界誌記者、エネルギーIoT企業マーケティング責任者などを経て、電力システムや再エネ、脱炭素のビジネスモデルなどのレポート執筆、講演などで活躍。著書に『電力・ガス業界の動向とカラクリがよーくわかる本』『図解即戦力 脱炭素のビジネス戦略と技術がしっかりわかる教科書』ほか。
▼連載91:日本でも本格的に始まる排出量取引制度(GX-ETS) ▼連載90:エコアイスはどこに行ったのか? ▼連載89:お米の価格高騰から考えること ▼連載88:ポルトガルのグリーンテック ▼連載87:グレタ・トゥーンベリ氏の現在 ▼連載86:脱炭素先行地域の採択から学んだこと ▼連載85:スペイン・ポルトガル大停電でも再エネ拡大は止まらない ▼連載84:トランプ大統領のCO2削減戦略 ▼連載83:ソーラーシェアリングへの不安 ▼連載82:FITのFIP転換 ▼連載81:あらためて、系統用蓄電池について
▼連載71〜80 ▼連載61〜70 ▼連載51〜60 ▼連載41〜50 ▼連載31〜40 ▼連載21〜30 ▼連載11〜20 ▼連載1〜10
連載91(2025.8.4)
日本でも本格的に始まる排出量取引制度(GX-ETS)
GXリーグではこれまで、排出量取引(GX-ETS)を行ってきた。今年度までは第1フェーズということで、自主的な目標設定による参加となっているが、来年度、2026年度からは第2フェーズに移行し、年間直接排出量が10万トン(CO2換算)を超える企業は義務化される。改正GX推進法が今年2月に成立し、GXリーグに参加していなくても、排出量取引制度への参加は義務化される。
対象企業は300社から400社、主に鉄鋼、化学工業、非鉄金属、製紙、セメント、石油などが対象となる、ということだ。とはいえ、排出削減の対象は、直接排出だけではなく、電力などによる排出、さらにサプライチェーンでの排出も対象となってくる。
すなわち、義務化の対象と削減の対象が違っている、という点は注意が必要だ。
第1フェーズから第2フェーズに移行するにあたって、どのように変わるのか。もちろん義務化ということは大きな違いだが、内容面でも大きく変化する。
義務化にあたって、各企業の排出枠の設定が決まるが、これについては審議会で議論されている段階だ。
第1フェーズでは直接排出量(事業所で石炭、石油やガスを燃焼させたときの排出量)のみが対象だったが、前述のように電力による間接排出、サプライチェーンを通じた排出も対象となってくる。
また、排出量の削減にあたって、JクレジットとJCM(二国間クレジット)の利用が可能になることも重要なポイントだ。
そもそも、第1フェーズは本格的な排出量取引に向けたトレーニング期間だった。というのも、事業者がCO2の排出量を算定し、目標設定して実行していく、そしてそのことを公表する、というものだ。
排出量取引にあたっては、2030年の日本の削減目標46%にそった削減をしないと、排出量クレジットが作り出せないが、そのハードルは高かったと思われる。
第2フェーズに移行することで、LPガス会社にとってもGX-ETSは他人事ではなくなる。
直接的には、LPガスの大手元売りである石油会社は、GX-ETSの直接の参加者だ。ただこのことはただちに卸売り会社や販売店にまで影響することは少ないのではないだろうか。
むしろ、商品を供給するところで、LPガス会社への新たな要請が出てくるだろう。
第一に、サプライチェーンも対象になるということだ。これは、大手企業のサプライチェーンを担うような企業もCO2を削減しなくてはいけなくなる。そうしたとき、Jクレジットを利用したカーボンニュートラルLPガスの需要が高まることが考えられる。
第二に、電力も取り扱っている場合、これまで以上に再生可能エネルギーの需要が高まるということも考えられる。
第三に、輸送にあたってもCO2排出の削減が求められる。その結果、配送の効率化や車両の電動化も必要になるかもしれない。
とはいえ、こうしたニーズに対応することで、需要を獲得することができる。
将来的には、CO2排出量の基準が引き下げられ、EUのように2万5000トンになるかもしれない。そうなるとさらに多く事業所、多様な業種が義務化されることになる。第2フェーズはその準備ということにもなる。
GX-ETSについては、他にもさまざまな論点があるが、とりあえずこれをビジネスチャンスにできるかどうか、考えておくことが必要だ。
連載90(2025.7.16)
エコアイスはどこに行ったのか?
エコアイス(氷蓄熱空調)を覚えているだろうか。実はまだあるのだけれども、あまり使われているようには思えない。
エコアイスは福島第一原発事故前までは、電力会社が積極的に普及させてきた。余った夜間電力を使って氷をつくり、昼間の空調に使うことで、昼間の電力ピークを削減し、安価な夜間電力の利用で電気料金を下げるというものだ。
ところが、あるビル管理会社にこの話をしたところ、エコアイスはエネルギーの無駄が多いので、今では使わないということだった。冷凍で氷をつくっておくことは、けっこうエネルギー効率が悪いという。
また、原発が稼働していない現在、夜間電力の価格は昔ほど安くはなっていない。むしろ太陽光発電が稼働している日中の方が電力の市場価格は安くなっている。そうなると、夜間電力の利用は経済的なメリットがないといえる。
もちろんそもそも蓄熱槽を必要とするのでその分だけスペースが必要だし、夜間は空調が使えないというデメリットもある。
結局のところ、2000年代の電力会社は、原子力の余剰電力を売るために、少しも「エコ」ではない商品の普及をしてきたことになる。
エコアイスは今はどうなっているかというと、当然だけど夜間電力が安くないので電力会社が普及を推進することはない。メーカーや工事会社のサイトにはいまだに掲載されているが、「安い夜間電力を使うので電気代がお得」ということになっている。何も更新されていないのだ。
エコキュートについていえば、2000年代よりも「エコ」になってきている。ただし条件付き。こちらも安い夜間電力をつかってお湯をつくり、ためておくことで、電気代を安くできるものだった。しかし、ヒートポンプの効率が良くなったことと、昼間の余った太陽光発電の電気を使うことができるということで、「エコ」になったというわけだ。
かつては、火力発電の電気でお湯をつくっていたとすれば、エコジョーズ並みの環境性能しかなかったといわれているが、再エネ100%の電気で運転すればCO2ゼロにすることができる。
では、エコアイスも日中の太陽光の電気を使えば「エコ」になるのだろうか。
どうもそうではないらしい。そんなことをするよりも、直接空調を行った方が効率がいい。日中に空調を行った上に蓄熱をしてしまうと、日中のピークが引き上げられて、基本料金が上がってしまう。
結論からいえば、ピーク電力を超えないようにしながら「蓄電」し、夜間の空調に備える方が、「エコ」ということになる。もっとも、蓄電池がもう少し安くなればいいのだけれど。
それに、ヒートポンプの性能が向上しているだけではなく、建物の断熱性などもまだまだ向上していくことが予測される。
エコアイスは旧一般電気事業者の負の遺産といえるだろう。
連載89(2025.7.7)
お米の価格高騰から考えること
LPガス販売店の中には、米穀販売業をかつて、ないしは現在でも行っているところがあると思います。そうした販売店にとっては、お米の価格高騰について、いろいろ考えることがあるかと思います。
エネルギーの価格高騰とは何が同じで何が異なるのでしょうか。
お米の価格高騰のトリガーとなったのは、供給不足です。わずかな供給不足や供給過剰で、市場の価格は大きく変動します。
とはいえ、では供給不足となった要因は何でしょうか。いろいろな理由があると思いますが、指摘されていることのひとつが、米生産農家の窮状です。お米の栽培は機器や肥料などお金がかかるため、儲からないということです。したがって、農業従事者の高齢化もあり、米生産農家からの退出が見られます。これは、地方の農村部の話としても一致します。休耕田が増えています。
そうでなくても、エネルギー業界では耕作放棄地をどんどん太陽光発電所にしてきたのだから、感じていることではないでしょうか。
消費者側からすれば、この2年間でお米の価格が2倍以上にもなっているので、生活を直撃しているとはいえるでしょう。日本経済そのものがインフレとなっており、所得がそれに追いついていないのが実情です。そうした中にあって、価格が2倍にもなることのダメージは大きいといえるでしょう。
インフレにはさまざまな原因がありますが、円安はその理由の1つです。肥料の輸入などにも影響を与えています。
では、お米はもっと安くするべきなのでしょうか。4人家族の食費の月平均は2022年度はおよそ8万8000円でした。当時お米が5㎏で2000円として、4人家族で20㎏食べるとすると8000円ですから、およそ1割がお米代になります。お米の値段は2倍になったとすると、8000円の負担増です。他の食品も値上がりしているので、家計の負担は全体では大きなものになります。
お米は食品のうちでも基本的なものになるので、安い方が望ましいのですが、少なくともインフレ率に沿ったものではあって欲しいと思います。
このことも、エネルギー代に共通します。
では、安いお米を輸入すればいいのでしょうか。この点は、安全保障の面から問題があります。ロシアによるウクライナ侵攻で主に欧州で天然ガスの価格が高騰しましたが、同時に小麦の価格も上昇しました。小麦を輸入に頼る国にとっては大きなダメージを与えました。お米でも同様なことが起きかねません。安全保障という点では、国内での生産を維持することが必要です。そう考えると、お米の生産に適切な補助金を交付することは、さほどまちがってはいません。安全保障のコストと考えてもいいと思います。
これに対し、輸入するエネルギーの価格上昇を抑制するための補助金は、安全保障に資するものではありません。再エネなど国産エネルギーの開発の促進にならないからです。
FITは当初、高い買取価格が問題視されました。その結果、電気料金に上乗せされる賦課金は、現在は1kWhあたり3.98円にもなっています。しかし、太陽光発電が普及した結果、多少なりとも化石燃料の価格高騰の抑止力になっていたことは、評価されてもいいと思います。
お米を大規模生産してコストを下げるべきだという論調もあります。しかし、実はある程度の大規模化はできています。簡単に言えば、かつての米作農家のうち一部は他の農家に耕作をまかせるようになってきています。
また、アジア型の農業は土地の制約がある中で高い生産性を持っているということが指摘されています。どうしても人件費がかかってしまうので、大規模な農家には価格の点で競争力に劣るのですが、狭い土地でも収量が多いということは、食糧安全保障につながるメリットだともいえます。
これをエネルギーにあてはめると、大規模な旧一電よりも本来であれば小さなLPガス販売店の方がサービスが行き届く対応ができる、ということにもなると思います。
お米の価格は今よりももっと安くなってもいいと思いますが、そのために補助金を使うことは肯定されるべきだと思います。これは安全保障の問題です。
その一方で、農家当たりの水田の面積が小さいからといって、必要以上に大規模化する必要はないとも思います。大規模化して農家あたりの収量を増やすだけではなく、小規模の農家が手間をかけて高品質なブランド米の栽培を行っていくということも選択肢としてあってもいいと思います。その品質には食味だけではなく、グリーン化や有機農業なども含まれます(水田からのメタン発生の抑制は、気候変動対策にもなっています)。
お米もエネルギーも生活に必要なものなので、価格高騰を防ぐと同時に、品質やサービスで差別化していくということが求められるのだと思います。
お米の価格高騰は、エネルギー事業についても考えさせられるものなのだと思います。
連載88(2025.6.23)
ポルトガルのグリーンテック
先日、6月18日に、ポルトガルのスタートアップを紹介するイベントに参加した。今回はそのときの話。いろいろな分野から6社が参加しており、その視点から学ぶことがあった。特にクリーンテックがメインだったというのは、時代の流れを感じる。
エネルギー系では2社が参加。
1つはEnlineという会社で、AIとセンサーレスのデジタルツイン技術を活用して、電力インフラの最適化と予測保全を目指す技術。
デジタルツインというのは、現実と同じものをデジタル空間に再現し、リアルタイムでその状況を可視化するというもの。街における人の流れや設備の状況などがそのままの形でコンピュータ上に示すことができる。
この会社の技術で注目すべき点はセンサーレスということ。
発電設備においては、大型の発電設備から小型分散化していく過程で、その設備の状態をモニタリングするためには、より多くのセンサーが必要となる。当然、モニタリングのコストも上昇する。このことが、再エネの課題の1つとなっていた。
センサーレスでモニタリングできれば、太陽光発電や風力発電の稼働状況や設備の劣化などがわかるので、それに合わせて給電できる。
同じ技術は送配電網などにも利用できる。
ポルトガルといえば、今年4月28日のイベリア半島(ポルトガルとスペイン)の大停電が思い出される。Enlineの方によると、「すぐに復旧できたからすごいでしょ」ということなのだが。この大停電、再エネの大量導入が直接の原因ではないものの、今後はオペレーションはより難しくなるので、こうした技術は歓迎だ。
もう1つは、Windcredibleという小型風力発電の会社。
日本ではかつて小型風力発電のFITにおける買取価格は60円/kWh程度で、一瞬だけこれで儲けようという人たちが出てきたが、実はこの価格でも採算がとれないので、小型風力発電はあまり見かけなくなっている。
小型風力発電には、騒音や起動時の電力消費などいろいろな課題もある。少なくとも、物理的な課題を解決した、コンパクトなデザインの小型風力発電は、建物の屋上などで設置しやすいものになっている。
ただ、発電コストはきちんと教えてもらえなかった。まあ、100Wクラスのものはモニュメントみたいなものだろうけれど、10kWクラスになればそれなりの発電容量が期待できるだろう。もっとも、そうなるとそれなりのサイズにはなるが。
海沿いなど、風がそれなりにある場所では、建物に取り付けるのはありかもしれない。牧場の防風林がわりとか。
わりと気に入っているのは、GreenmentのCO2吸収コンクリート代替素材で、植物も直接植えられるというもの。都市開発で都市空間に緑を増やすのにいいかも。ブロック塀のかわりにすると、垣根の雰囲気になるかも、です。
他にも生分解性の医療機器を製造するHydrumedicalや身体によさそうな粉末状のスムージーの元を製造しているKencko(日本語の健康と関係、あるのかな?)とか。
こうした企業のどれほどが日本に進出できるのか、成功できるのか、簡単ではないだろう。日本の電力業界は保守的だし、小型風力発電のコストも気になる。また、こうした技術は世界中のスタートアップがしのぎを削っている。
とはいえ、これらクリーンテックのスタートアップは、大きな流れとしてあるということはいえるだろう。投資すべき分野になっているともいえる。
そして、開発した技術を見ていると、地方を拠点にして開発することもできそうということだ。例えば、小型風力にしても、実際に稼働して運用実績を示さないと、購入してもらえないだろう。そして設置するとしたら大都市圏ではないだろう。
AI系の開発も、サテライトオフィスで可能だ。
そのように考えると、地方都市にスタートアップを誘致するというのは、悪くないかもしれない。むしろそのことが地方の競争力にもかかわってくる。とりわけクリーンテックのスタートアップは、いろいろな展開が考えられる。
それに、海外のスタートアップとの連携というオプションもある。
いろいろな可能性があるのではないだろうか。
連載87(2025.6.5)
グレタ・トゥーンベリ氏の現在
最近、久々にグレタ・トゥーンベリ氏が話題になっている。といっても、トゥーンベリ氏を忘れている人は多いかもしれない。
トゥーンベリ氏はスウェーデンの環境活動家。2018年、当時高校生だったトゥーンベリ氏は毎週金曜日、気候変動対策を訴えてストを行った。この呼びかけに世界中が反応し、フライデー・フォー・フューチャーという運動につながっている。
当時は、愛着を込めて、彼女のことを「グレタさん」とよんでいたが、今では22歳、成人しており、トゥーンベリ氏とよぶのが適切だ。
彼女が最近、ニュースに登場しているのだが、それは気候変動問題ではなく、パレスチナ問題である。というのも、最近は気候変動対策運動ではなく、パレスチナ解放運動で積極的に活動しており、昨年はデンマークで逮捕されたりもしている。
そして今月6月1日、トゥーンベリ氏ら12名を乗せた船が、ガザに人道支援物資を運ぶために出発した。12人の中には、アイルランドの俳優リアル・カニンガム氏をはじめ、アメリカ陸軍退役大佐、欧州議会議員などもいる。
ヤフーニュースによると、彼女は出発前に、ガザに向かう理由として「どれほど困難な状況であっても、私たちは挑戦し続けなければならないからです。なぜなら、挑戦をやめる瞬間は人間性を失う瞬間だからです。このミッションがどれほど危険であろうと、目の前で報じられるジェノサイドに世界中が沈黙しているという事実ほど危険ではありません」と語っている。
あらためて思うのは、「ジェノサイド」を「気候変動」に置き換えても、まったく通じてしまうということだ。暴力的な世界を認めてしまったら、本当に危険な世界になりかねない。米国でも欧州でも分断が進み、ロシアは侵略戦争をいとわない。
危険な世界へはゆっくりと進んでいく。若い世代にとって、それは許しがたいことだろう。
また、そもそもパレスチナの悲惨な状況を解決できない国際社会、あるいは国連が、気候変動問題を解決できるとも思えない。少なくとも、グローバルサウスはそのように見ている。こうしたことが、気候変動枠組み条約の国際会議が盛り上がらない理由にもなっている。
しかし、だからといって気候変動問題を放置しておいていいわけではない。
最近では、スイスで氷河の融解によって村が消滅する出来事があった。もちろん、世界各地で洪水も山火事も起きている。
今後、気象災害だけではなく、農産物の生産の減少(旱魃など)や漁獲量の減少などが起きて、食糧そのものが供給できなくなる可能性すらある。
行きつくところ、地球全体がガザになってもおかしくない、くらいに考えてもいいのではないか。
そう思うと、トゥーンベリ氏の行動は一貫しているとも思う。
ガザも気候変動も等しく危機的だし、それは空間的にも時間的にもスケールは異なるが、もたらされる危機は同じなのだろう。
そのような見方に立った時、気候変動対策の世界的なモチベーションの低下を理由にして対策を先送りすることはあってはならない、と考えるのだ。
連載86(2025.5.19)
脱炭素先行地域の採択から学んだこと
環境省の交付金事業、脱炭素先行地域の第6回の採択結果が発表されたが、どうにか筆者がかかわった地域(鳥取県倉吉市、北栄町、琴浦町)が採択されたので、ひとまずほっとしている。
とはいえ、これまでは机上の話でよかったものを具体化していかなきゃいけないので、それはそれで大変なのだが。どちらかといえば机上担当なので、これからは未知の領域に入る感じだ。
脱炭素先行地域の応募から採択を通じて、いろいろ学んだことがあるので、書いておきたい。
といっても、筆者は前述のように机上担当というか、モデル事業の基本的なアイデアを出すのが主な役割。そのためにデータを集めたり、モデル化してみたり、概念図をつくったりしてきた。これを具体化できる提案にまでまとめたのは、市町のメンバーや地元の事業者、地元の県会議員などだ。したがって、あまり偉そうなことは言えるわけではないのだが。
脱炭素先行地域は応募したあと、見所のある提案に対しては、何度かの追加ヒアリングが行われる。そこで、提案であいまいなところを明確にしていくことになる。
けっこうこの対応がたいへんで、ばたばたしたりもするが、環境省サイドも実現可能なものを採択したいので、そこはしっかりやってくる。
こうしたプロセスをとるにあたっては、「第1回問題」というのが言われている。最初に採択された地域は、なかなか順調には行っていないところが少なくないのだが、採択にあたって具体性がゆるすぎたということらしい。事業の推進体制がはっきりしていなかったというのもある。そのあたりは強く指摘されてきた。
自治体職員だって人が足りていないのだから、この事業に人を割くのは簡単ではない。最大4分の3の補助を受けられるといっても、残り4分の1の調達だって簡単ではない。
そうした中で、あとは知恵を使ってやるしかないし、その点では地元の事業者と地元の銀行がかなり深く関与する必要がある。しかも、特に事業者においては、自社ではなく地元全体の利益を考えないとうまくいかないところがあるので、注意が必要だ。
どのような事業を提案するのか、ということが最初に考えられることだが、単純に再エネを使えばいいということにはならない。むしろ、どのようなことができるのか、地元の主要な産業の困りごと、利用可能な資源を聞いて回るのがいい。そこには大きなポテンシャルがある。
例えば、畜産が盛んだとしよう。畜産は気候変動対策がとりわけ必要な分野だ。牛のげっぷのメタンの温室効果は大きい。そうでなくとも、牛肉生産は食糧生産としては非効率的なのだから。したがって、持続可能な畜産から考えなきゃいけない。
一方、工業団地に再エネを供給して脱炭素化して、工場誘致をしようというアイデアもあったが、実際に工業団地に行ってみると、倉庫ばかりで、電力需要が少なかった。このアイデアは、他の自治体で使えるかもしれないが。
それから、海外でできていて、日本でできていないことをやる、というのもモデル化できるアイデアになる。今回は、コミュニティーソーラーシェアリングというものを打ち出した。
コミュニティソーラーというのは、屋根上に太陽光発電が設置できない世帯向けに、野立ての太陽光発電をシェアするプログラムで、米国ではけっこう拡大している。これにソーラーシェアリングを組み合わせ、農業が盛んなエリアで再エネを自分事化してもらうというものだ。
実は、このアイデアが特色あるものとして理解されるようになってくることで、自治体職員や地元事業者も提案に本気になってきた。採択は可能ではないかと思えるようになると、雰囲気が変化する。
もっとも、太陽光発電が拡大した日本では、米国のように単純にコミュニティソーラーを拡大できるわけではなく、工夫が必要なのだが。
たぶん、蓄電池を運用することも必要になってくる。そうした点もこれから考えなくてはいけない。
それと、今回は地元事業者の中心は地域新電力なのだが、地域によってはここのLPガス会社が参加してもいいはずだ。
他にもいろいろと学ぶことはあった。それらについても、機会があれば紹介したいし、次のプロジェクトにもいかしていきたい。
連載85(2025.5.7)
スペイン・ポルトガル大停電でも再エネ拡大は止まらない
2025年4月28日、スペインとポルトガルで現地時間の正午頃に大規模な停電が発生しました。わずか5秒でブラックアウトが起きたということです。原因の究明はこれからですが、すでにいろいろなことが指摘されています。
再生可能エネルギーを大量に入れ過ぎたからではないか、原子力発電が必要、といった声も聞かれるようですが、それは一方的な見方だと思います。
むしろ、こうしたことを乗り越えながら、再生可能エネルギーをさらに増やしていく、ということになるでしょう。
そもそも、スペインとポルトガルが位置するイベリア半島は、欧州においても比較的独立した電力系統でした。ピレネー山脈が立ちふさがっているから、ということです。
一方、スペインでは太陽光発電や風力発電の導入はかなり進んでいました。したがって、こうした変動する再生可能エネルギーを適切に運用しながら、電力の供給を続けていたということになります。一方、原子力発電もあり、電力量のおよそ2割を供給していました。
では、スペインの系統運用者は再エネに対応して高度な運用をしていたのかといえば、そうとも限らないということです。これは、スペインに視察にいった大学の先生から聞いたことですが、「まあ、何とかなる」という感じで、日本の方がよほど高度な運用をしている、ということでした。
実際に、これまでは何とかなってきたし、時間帯によっては再エネだけで電力供給をすることもありました。
停電の原因は正確なことはわかっていません。サイバー攻撃ではなかった、とは言われています。考えられる理由としては、フランスとの連系線のトラブルの波及、再エネ発電所による周波数の大幅な乱れ、などなど。
大規模な発電所が停止すると、他の発電所も設備を守るために自動的に停止し、これが連鎖することで大停電(ブラックアウト)が起こります。2018年には北海道で大停電が起きたことは、記憶に残っている人もいるでしょう。
とはいえ、スペインやポルトガルでは、電力の急激な変動に対し、十分な準備をしていなかったのか、といえば、おそらくしていなかったのだと思います。電力の周波数を維持するにあたって、火力発電所など回転体の発電機が持つ慣性力などが活躍していますが、再生可能エネルギーにはその能力はありません。そこで、慣性力を供給するパワーコンディショナーや変電設備が必要になってきます。再エネだけではなく、蓄電池にも取り付けることができます。連系線にも必要かもしれません。
日本でいえば、需給調整市場の一次調整力ということでしょうか。
今後は、こうした取組みが必要になってくるとは思います。
一方、再エネを効率よく使うためには、系統用を含めた蓄電池を増やすことも必要でしょう。価格が低下してきているので、今後は増えていくと思います。
蓄電池の価格が高い間は、大量に再エネを入れた上で、出力制御をしていく方が経済性はあったのですが、それだけでは十分ではないともいえます。
原子力も慣性力を供給することに役立ちます。ただ、一度停止してしまうと、運転再開に時間がかかります。その点では、ほどほどにあるのがいい、ということになります。
とはいえ、こうした大停電を招くような電力システムにしてしまったことは、決してマイナスだけではありません。
むしろ、イベルドローラを世界有数の電力会社に成長させてきた原動力も、再エネが増加しても「何とかなる」という楽観的な考え方があったからだと思います。これは、日本のエネルギー業界に欠けているものだと思いますし、そのことがなかなかダイナミズムを生み出せていないのではないでしょうか。
結局のところ、失敗を恐れずに進んでいった方が、いいこともある、ということでしょう。
どちらにしても、スペインとポルトガルは今後も再エネを増やしていくでしょうし、そのための課題を解決していくことを選ぶのだと思います。
連載84(2025.4.21)
トランプ大統領のCO2削減戦略
海外のエネルギーニュースサイトClean Technicaに、「トランプ大統領は秘密裏に気候変動問題と戦っている」という記事が掲載されていました。どういうことかといえば、関税を使った貿易戦争によって経済を停滞させ、結果としてCO2排出を削減している、というもの。実際に、リーマンショックのときやコロナのときにはCO2排出は減少していました。だから、今回の経済悪化もCO2削減になる、というものです。
もちろん、この記事はトランプ大統領への皮肉です。けれども、LinkedInやFacebookで共有したところ、「いや、それは真面目に考察して見なきゃいけない」というコメントが寄せられていました。うーん、こういう笑いが通じない人もいるんだなあ、などと思ってしまったのですが。
とはいえ、実際のところ、トランプ大統領が目指すほどにはCO2排出は増えないとは思います。経済の悪化というのはあるのですが、先行きの見通しがはっきりしないため、原油の需要が増えないと市場は考えており、結果として原油価格は安くなっています。
原油価格の低迷は、シェールオイルの生産にも影響を与えます。トランプ大統領は「掘るんだ、ベイビー、掘るんだよ」って言っていたけれど、シェールオイルの生産にはWTI原油の価格1バレルあたり60ドル以上が必要です。それ以下では掘っても採算が取れません。結果として、誰も掘らないという状況になっています。
LPガスについていえば、やはり価格が下がっているということになります。ガソリンも同様で、一時的に補助金がなくなります。
補助金については、筆者はずっと以前から否定的に考えてきたのですが、最近になって、経済産業省の幹部からも否定的な声が聞こえるようになってきました。でも、それは別の話題なので、横に置いておきます。
実際のところ、CO2排出が減少する、というのは、それだけ経済が落ち込むということですから、短期的には大惨事ともいえるものです。米国は中国からたくさんのものを買っているのに、多額の関税をかけてしまったら、物価が値上がりすることは当然です。
他の国への関税が90日間停止されたところで、このダメージは大きなものになるはずです。
当然ですが、日本もそれなりにダメージを受けます。グローバル経済が分断されることで、経済は効率性を失っていきます。
とはいえ、トランプ大統領が反省するとも思えず、米国は今後さらに混乱していくのではないでしょうか。関税戦争では、米国は中国に負けるでしょう。孤立した米国に対し、中国は東南アジアをはじめ多方面で関係を強化していくことになります。
USAIDの解体は、米国のソフトパワーの放棄を意味します。実際に、ミャンマーでの大地震で、米国は支援することができませんでした。このソフトパワーの穴を、やはり中国が埋めるのではないかと見られています。
こうした中で、日本は孤立する米国に寄り添うのかどうかが問われるところですが。
さて、欧州にとってやっかいなのは、4年後に米国が民主主義国として戻ってくるのかどうか、です。戻ってきてもらわないと、いろいろ困るのでしょうが、その割には欧州は腹が座っていないですね。カナダやメキシコ、オーストラリアはけっこう強気ですが。
こうした中では、これからのエネルギー事業もまた、不透明だとはいえます。
それでも、技術は進歩するし、脱炭素化は進むでしょう。そんな先を見ていくことが、必要かもしれません。
連載83(2025.4.7)
ソーラーシェアリングへの不安
先日、自然エネルギー財団主催のメディアセミナーがあり、話を聞いてきた。テーマはソーラーシェアリングだったが、日本の現状を考えると、いろいろと不安が感じられる内容だった。
ソーラーシェアリングは、そもそもこれが和製英語だと思うが、あえて日本語で言えば「営農型太陽光発電」という。英語ではだいたい、アグリボルタイクス(Agrivoltaics)とよばれている。
農地に太陽光発電を設置するということなのだけれども、実は多くの植物にとって日光は強すぎるので、少しくらい日影にしても問題ない。というか種類によってはかえってよく育つ。
とはいえ、農地を目的外使用してはいけないので、一時転用許可を受けて行うことになる。具体的には、太陽光発電の支柱を一時転用し、太陽光発電パネルの下で農作物をつくる。
農地は固定資産税が低いというのが魅力なわけで、安易にソーラーシェアリングをしないように、作物については2割以上減収しないことが求められる。
ソーラーシェアリングが日本で始まったのは、けっこう昔のこと。2003年には千葉県市原市で初めてのソーラーシェアリングが設置された。翌年には特許も取得している。
とはいえ、注目されたのはFIT制度が導入されたあと。2013年から徐々に増加しており、農地の一時転用の許可数は、2022年度までに5,351件、1,209.3haにも及ぶ。
1haあたり、太陽光発電は1MWの設置が可能だが、ソーラーシェアリングだとパネルに隙間が必要なので、半分から3分の1くらいになる。3分の1とすると、300MWということになる。2022年度末の太陽光発電の導入量が約70GWなので、ソーラーシェアリングの割合はとても少ない。2025年度末でどうなっているのか気になるところだが、大幅に増えているということはないだろう。
ただし、ソーラーシェアリングのポテンシャルは高く、太陽光発電協会の分析だと1,593GWにもなる。環境省の分析でも788GWだ。
そうであるにもかかわらず、導入は簡単ではなさそうだ。
何が問題かといえば、第一に、そもそも農地面積が減少している。耕作放棄地になっているということだ。とはいえ、それでは耕作放棄地で野立ての太陽光発電をすればいい、ということになってしまう。
農地減少の背景には、農業従事者の減少がある。元々高齢化が指摘されているのだが、実は高齢化したまま、年齢構成そのものはあまり変化していない。高齢化したままだといえばいいだろうか。ソーラーシェアリング以前に、農業が縮小しているということだ。
ソーラーシェアリングでは現在、いろいろな作物が栽培されている。水田もワイン用のブドウ畑もある。しかし実態はというと、そのうち3分の1はさかきなどの観賞用植物だ。
20%以上で営農の支障が出ている。また、太陽光発電の設置者の3分の2が農業者ではなく発電事業者となっている。
自然エネルギー財団の石田氏によると、ソーラーシェアリングの4つの成功要因は、「1.栽培する農作物の価値を高める」「2.持続可能な農業経営のモデルをつくりあげる」「3.地域と連携を図り、新規就農者を増やす」「4.農地に適した発電方法を工夫する」とのことで、これはもっともなことだ。それぞれ事例が紹介されている。
一方、課題として「1.一時転用許可の地域差」「2.実証データやノウハウの共有」「3.国の推進策が不足」を挙げている。
でも、正直なところ、不安の最大の要因は、ソーラーシェアリングが発電側に傾いているからだ。アグリボルタイクスにおいては、むしろ農業の一環として発電も行っている、といった面もある。太陽光発電を利用して、持続可能な農業にしていくことの方が、重要なのではないだろうか。
日本では、ソーラーシェアリングに適した作物についての研究もあまり行われていない。ソーラーシェアリングで安定した収入を得ながら、価値ある農産物を栽培していくというモデルもできていない。さらに、ソーラーシェアリングができることで、電気が安く使える、ということにもなっていない。
欧州では、太陽光発電の下で草地をつくり、花粉を媒介する昆虫が育つ環境をつくっている。これも農業の一環だ。また、中欧では適した作物として、ベリー類がいいという研究報告がある。日本でも確かにブルーベリーの栽培は多いし、米国ペンシルバニア州ではクランベリー畑に太陽光発電を設置したスタートアップが登場している。ここで発電した電気は、コミュニティソーラーというプログラムを通じて、安価な電力として一般家庭に供給されている。
日本が発祥のソーラーシェアリングだが、ポテンシャルが大きいにもかかわらず、不安しかないというのは、ソーラーシェアリングを農業として見ることができていないからなのではないだろうか。
連載82(2025.3.26)
FITのFIP転換
ちょっとわけがあって、FIT発電所のFIP転換について調べている。
FITというのは再エネの固定価格買取制度、FIPはプレミアム交付制度といえばいいだろうか。FIPの場合は、再エネに対して利益が出せるようにkWhあたりで決まった交付金(プレミアム交付金)を出すというしくみ。ただし市場価格が低いときには交付金が高くなる。電気は市場(卸電力取引市場だけではなく、相対取引も含めた広い意味での市場)で販売することになり、同時に環境価値(非FIT非化石証書)も自由に販売できる。そのかわり、需給管理が必要になる。
最初は、ほうっておいても電気が売れるFITをわざわざ管理が必要なFIPに転換する人はいるのかどうか、ということだったが、少ないけれどもFIPに転換する発電所がある。これはどういうことなのか。
FIP転換を最初に進めたのは、一部の新電力である。FIPに転換した上で、固定価格で買取するということを、発電所のオーナーに勧めていた。新電力としては、固定価格で電力と非化石証書を買うことができる。また、プレミアム交付金も新電力が受け取るしくみとなる。このとき、発電所のオーナーは実質的にFITと変わらないか、少し収入が増えることになる。
次に起きたことは、FIP転換にあたっての蓄電池の増設である。過積載している分について蓄電して発電量を増やすことができる。蓄電池の増設の方法は、FIP転換の場合は限定されるし、蓄電池増設分で増えた電力にはプレミアム交付金は支払われないが、再エネを増やすことにはなる。
その後、蓄電池の設置や、リパワリングなどについては、規制が緩和されていく。
FIP制度の導入によって、影響を受けたのが、PPAだ。FIT電源はPPAにはできないが、FIP電源は可能である。コーポレートPPA(フィジカルPPA)は電力と非化石証書を発電事業者と需要家との間で相対契約する(ユーティリティPPAなら発電事業者と小売電気事業者との相対契約)。このとき、発電事業者はプレミアム交付金という収入も得られる。
したがって、新規のPPAの発電所はFIP認定を受けることになる。ただし、2MW以上を対象とした経済産業省の補助金など、FIP制度が利用できないケースもある。
こうした中、デジタルグリッドがバーチャルPPAのオークションサイトを立ち上げた。
元々、デジタルグリッドはバーチャルPPAを検討してきた経緯がある。
バーチャルPPAというのは、非化石証書の取引のみを対象としたPPAで、電力は市場で販売することになる。卸取引市場で販売した場合、発電事業者の収入は変動するが、市場価格が安かった場合は需要家が発電事業者に安くなった分を支払い、高くなった場合は発電事業者が需要家に還元する、いわゆる差分決済がおこなわれる。
問題は、この差分決済がデリバティブになるのではないか、ということだった。いくつかの前提をもとに、商品先物法に抵触するということである。
結論は、一定の条件をクリアすれば法に抵触しないという見解が政府により示されているものの、クリアしていることを示すための説明が必要となる。
しかし、FIPにおけるプレミアム交付金という収入があれば、発電事業者側にとって市場価格が低下するリスクを低減できる。その上で、バーチャルPPAにおける非化石証書の価格は、長期契約で2円/kWh前後となっており、JEPXにおけるオークションよりも1円/kWh以上高くなっている。
蓄電池増設などを行った上で、FITをFIPに転換し、バーチャルPPAとして運用する案件が出てきており、価格などの情報はデジタルグリッドのホームページで公開されている。
また、バーチャルPPAとしての運用では、高価格のFIT案件のFIP転換も見られるようになってきている。
ただし、FITのFIP転換は、全体からみればまだわずかでしかなく、また発電事業者というよりも新電力等のはたらきかけによって転換しているとみられる。
新電力にとっては、FIPによって需給管理をPPAによる供給、さらに蓄電池等の追加工事なども行うが、これは工事業者にとって新たな収益ともなる。
今後だが、出力制御にあたって、FIT電源を先行して制御し、FIPを含む非FIT電源の出力制御についてはあまり実施しない方向で検討が進められている。そうなると、FITからFIPへの転換がより進む可能性がある。
そうでなくとも、2032年以降の卒FIT電源に対しては、誰がどのように管理・運用するかが課題であり、運用するにあたっては何等かの形で蓄電池の設置が不可欠となっていくだろう。そうすると、FITの買取り期間が短くなってきた電源が将来を見据えてFIP転換とPPA化が進む可能性がある。
とまあ、ここまでが調べた範囲である。では、ここに何等かの事業機会があるのだろうか。
これは、考えてみると面白いだろう。筆者もそのことを検討している。
連載81(2025.3.12)
あらためて、系統用蓄電池について
今、系統用蓄電池をめぐって起きていることというのは、ビジネスを考える上でいろいろな示唆があるように感じます。
もはや、日本では系統用蓄電池事業がブームのようになっていて、海外からも投資したいという投資家がけっこういます。もはや、FITによる太陽光発電事業が難しくなったところで、新たな投資先、ということでしょう。
何か、儲かりそうなところに、人が集まってくる、というのはよくわかります。2~3年前は様子見だったものが、すっかり変化したといっていいでしょう。
展示会にいけば、系統用蓄電池の運用を行うアグリゲーターや、系統用蓄電池(蓄電所)そのものをかつての太陽光発電所のように販売する事業者もあります。低圧太陽光発電所と異なり、億単位の資金が必要なのですが。
儲かりそうなところに人が集まってくるというのは、悪い事ではありません。確かに、FITが始まった2012年から2016年くらいにかけては、エネルギーとは何の縁もない投資家が参入し、あるいは海外からの参入もありました。けれども、その結果として日本中に太陽光発電が普及し、それなりの電力の供給力になっています。多少なりとも化石燃料の高騰の緩和や気候変動対策になっています。もちろん、無理な開発によるトラブルも多発しましたし、参入した人たちにはインフラという意識がないので、卒FIT後が課題なのですが。
同じように、系統用蓄電池も、再エネが増えた電力システムにおいては必要なインフラですし、そこに多くの人が投資をするというのは、悪いことではありません。結果として出力制御が減って再エネがより効率的に使えるようになればいいですし、急激な電力価格の上昇が緩和されれば、それもメリットとなります。
とはいえ、FITによる太陽光発電事業と異なり、系統用蓄電池事業には利益の予見性がありません。市場取引を通じて、電力を安く買い、高く売るということだけなのですが、当然ですが市場は何も約束していません。つまり、この取引がどのくらい利益を出すのか、それも少なくとも10年間にわたってどうなるのか、その点に予見性がないということです。
実際には、需給調整市場と容量市場からの利益も得られます。ただし、需給調整市場は約定価格を引き下げる方向にはたらいています。容量市場も毎年の応札になりますが、こちらはまだ比較的予見性があるかもしれません。
リスクはあるものの、それなりに期待値もあるのではないか、という意見もあると思います。特に足元では、系統用蓄電池は需給調整市場の一次調整力と三次調整力でけっこう利益を出していて、これが続けば投資回収は早い、ということです。
こうした状況に対し、系統用蓄電池で毎日一次調整力で数ブロック落札していけば、5年で元がとれるのではないか、と考える人もいるようです。しかし、現実には2ブロックがせいぜいです。それすらも、日によっては約定できず、利益が見込めないために電池の保護を目的に取引しない日もあるくらいです。
しかも、需給調整市場の高値での約定は、あくまで足元の状況でしかありません。この先もずっと続くものではないのです。
利益に予見性がないため、基本的に金融機関は系統用蓄電池に融資しません。ただし、長期脱炭素電源オークションで落札した場合は別ですが。
そしてこうしたリスクが大きい事業であるにもかかわらず、多くの人が参入に関心を持っているということです。
これは何を意味するのでしょうか。単純に、足元でお金が儲かることしか考えていない、ということなのでしょうか。あるいは、長期的な予測ができないということなのでしょうか。
そして、リスクをとって系統用蓄電池事業を開始した人はどうなるのでしょうか。
おそらく、十分に低コストで系統用蓄電池事業に参入できたこと、そして最適な運用ができれば、どうにか利益は出せる可能性が高いと思います。しかし、海外の系統用蓄電池事業は、日本での需給調整市場(アンシラリーサービス)から電力取引市場にシフトしていく傾向があるし、日本も同じだと思われます。とはいえ、市場のボラティリティが大きくなるにはもう少し時間がかかると思います。例えば、市場でマイナスの値段がつく、といったことです。
結果として何が起こるのか。利益を回収しきらない系統用蓄電池がたくさんできると思います。とはいえ、それはその後も有効に使われるので、設備としては無駄にはなりません。ただ、投資家が十分に投資を回収できないまま、設備を売却する、と言ったことになるのだと思います。
系統用蓄電池事業において、何を考えなくてはいけないのでしょうか。それは、今から10年ないし20年先の電力システムの姿を予想することです。確かに系統用蓄電池は必要です。しかし、それは少なくとも10年という時間軸の中で、どのタイミングでどのような事業をしていくのかということを考える必要があるということです。
現在と10年後では電源の再エネ比率は異なるはずです。とはいえ、系統用蓄電池と競合する調整力は、EVやDRなどいろいろなものがあります。それらとコスト競争しながら、調整力を供給することになります。
また、同じ系統用蓄電池でも、10年の間に事業モデルを変える必要も出てくるかもしれません。そうしたオプションも用意すべきです。
しかし、こうしたことというのは、そもそも長期にわたる事業を行う上では、基本的なことのはずです。
系統用蓄電池ブームは、横から見たときには、こうした事業の基本を考えるきっかけを与えてくれます。