ドイツで自動車用部品の営業マンを経験
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――入社以前は矢崎総業に勤めていたと伺っています。
遠藤 大学では応用化学をやっていました。世はバブル景気に向かう時代でしたから、就職のことはそれほど心配していない学生の1人でしたが、それでも就職したらどこかに勤めようとは考えていました。父が会社経営をしていることはわかっていましたが、それがどんな事業であるかは関心がなかったですし、ましてや自分が跡を継ぐという発想もありませんでした。
矢崎総業に入社したのは、父親のルートかと聞かれることがありますが、父が知ったのは採用が決まってから。担当教授に、「理系が活かせて、いずれ地元静岡に帰れる会社はありませんか」と聞いたら、4枚のカードを出されて「この中のどれかにしろ」と。それで引いたのが矢崎総業で、研究室に配属されました。父の会社が買っているガスメーターを作っていることもよく知らないし、上司も人事部長も、最初は私が日本ガス興業の遠藤の息子ということは知らなかったようです。
その後、会社はどんどん海外展開していくので、自分もどこか海外に赴任させてくれと志願すると、ドイツに行かせてもらえることになりました。自動車用ワイヤーハーネスの営業。当時すでに矢崎はアメリカの自動車メーカーに対してはそれなりの実績がありましたが、ヨーロッパでのシェアはまだまだでした。ドイツに出先は持っていましたが、それはフォードなどアメリカメーカーの現地工場のためのものでした。そこで新規開拓をしろというわけです。支店長と2人だけの営業部隊で、ドイツの自動車メーカーを営業して回りました。
それを続けている中で、今度はアメリカに行きたいな、などとも考えていたのですが、ふと、静岡で父の仕事を手伝おうと思ったのです。今でも思いますが、あの時は何をとちくるったのかな、と(笑)。31歳でした。
何よりも「お客様」を起点に考える
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――日本に戻って、会社やこの業界をどう感じましたか。
遠藤 正直「変な業界だ」と思いました。まず、当社の社員も含め、業界の人間の大半が、お客様のことをまったく考えていない。お客様を平気で「客が…」と呼び、その感覚で長年仕事をしてきていると感じました。それは違うだろうと思い、改善すべきだと考えましたが、古い人にはなかなか理解してもらうことができませんでした。父ともぶつかったりしました。
そんなとき、東洋計器で当社を担当していた中田英穂さんにタスクフォース21に誘われました。参加してみて驚いたのは、当時、関東では顧客切替が頻発し、その対応に各社がいろいろと知恵を絞っているということでした。まだまだ静岡の業界は、顧客の移動もほとんどなくのんびりしていましたが、いずれ自社のエリアでも同様のことが起こるだろうと感じました。顧客切替対策では、お客様の視点でどうすべきか考えなければなりません。お客様のことをまったく考えていないような感覚は直ちに改めるべきだと確信したわけです。
この確信は今も変わっていません。毎年の入社式で私は新入社員を前に言っていることがあります。それは、当社の会社組織は逆ピラミッドだ、ということです。ふつう組織というと、社長を頂点にした三角形を思い浮かべるかもしれない。でもそれは間違っている。会社にとって最も大切なのはお客様で、お客様が一番偉い。だから、そのお客様に最も近くに接する現場の一般社員が、会社の中では一番偉いのだと考えてくれ。お客様から遠くなればなるほど偉くない。社長は日常の仕事ではお客様から遠くなっているから、一番偉くないと考えるべきだ、と。
顧客接点強化がすべての基本
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――静岡でも今や、顧客切替が当たり前のように行われるよう になっています。
遠藤 やがてそうなると思っていましたが、驚くことでありませ ん。また、だからといって「ビン倒し」営業や防御の教えばかりを社員にしていこうとも思ってはいません。お客様を大切にし、その接点を強化することを追求すれば、それが必然的に営業と防御になります。当社では「お客様に喜びと感動を与える」をスローガンにしています。それを追求し続けることが大事だと、いつも社員に伝えているつもりです。
接点強化という点については、以前私は「会社の都合だけでモノを売るようなことはするな。売らなくてもいいんだ。お客様と仲良くなってくればいい」と社員に言っていました。
けれども最近は、少し変えました。「お客様との接点強化をして信頼を得て、100円でもいいから売り上げを立てろ」と。接点強化の結果得た信頼をどう評価するかは、とても難しいですが、お客様にお金を払ってもらえるというのは「お客様が信頼してくれた結果」と言えます。信用していない人からモノは買いません。ですから、言い方を変えたのです。
がんばる販売店を徹底支援する
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――これからの事業展開の方針は。
遠藤 別に目新しいことをするわけではありません。大袈裟な テーマを掲げても実現できなければ仕方がありません。当社はこれからも顧客接点を強化し、「お客様に喜びと感動を与える」ことを追求していきます。
もちろんそのためには、ガスだけを売っていればいいということにはなりません。当社の事業は、ガスを軸として家庭、暮らしに関わるさまざまなことをお手伝いする仕事です。具体的には住宅設備機器の販売や住宅リフォームなどが主要な仕事となりますし、太陽光や電気の販売も、お客様が求めればすべて対応できる体制づくりをしています。もちろん、だからと言って新規事業や新商材にあれもこれも手を出すわけではありません。
当社は卸売と直売の2本柱です。直売強化という方針を強く打ち出す同業者も多いようですが、当社はやはり卸売も大事にしていきたい。卸と小売の関係というのは、お互いにギブアンドテイクでなければなりません。卸は販売店さんにただガスを売るのではなく、販売店さんの事業を伸ばすための支援をしてく、いわばコンサルティングセールスであるべきです。
後継者問題などで事業を引き受ける場合もありますが、当社としてはこれからもがんばるという販売店さんを徹底して支援していくことを第一の方針としていますし、取引する販売店さんを選ばせていただくこともあります。
個別の経営課題はいろいろあります。人口減少は当社のエリアでも生じていますから、新規開拓や需要開拓はますます重要です。しかし、だからと言って首都圏など他のエリアに打って出るということは、今のところ考えていません。静岡というのはとても市場が良いと考えていますし、ここで60年間事業をしてきましたが、まだまだ開拓の余地、当社が伸ばせるところがあるのではないかと思っています。
人手不足も、異業種や同業他社同様に心配なことです。人材の確保と定着、そして育成ということはこれまでも長年いろいろやってきましたが、時代環境に応じた手立てを打っていかねばと 思っています。
一例をあげれば、集中監視システムの導入。かつて保安確保とガス切れ防止、検針の合理化などで良しとされましたが、費用対効果などの面から見直されました。しかしここにきて、導入による緊急出動範囲の緩和など、インセンティブが以前に増して大きな魅力になってきました。顧客接点は大切ですが、法令順守で配置している当社の16カ所の事業所はあまりに多い。システムの導入で事業所の再編ができれば大きな合理化になりますし、近年のIoT視点でのシステムの付加価値、拡張性も、これからの事業展開では見逃せません。
このように時代環境に合わせて「お客様に喜びと感動を与える」というスローガンの実現を進めていきます。